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2005年09月26日
翔ぶが如く(6)
この第六巻は、西南戦争という事態へと箍(たが)が外れるまでの微妙な力の移り変わりに関して記述されています。時間的には「明治八年六月・地方官議会」~「明治九年十月・神風連の乱」です。
この巻では興味深く読めた個所はあまりありませんでした。比べていうなら前巻が「大久保利通」と「宮崎八郎」を中心にして描かれたのに対し、この巻は人びとではなく事象に力点がおかれて描かれいるといえます。唯一あげるとするならば前原一誠となるのですが、その人に関しては作者も人物とは見ておらず、好意的には描かれていません。
さてではこまごまと知ったことを何点か。松下村塾は吉田松陰の塾だと思っていたのですが、実は叔父である玉木文之進の塾だったそうです。それを松陰が一時期借りてやっていたのだそうです。トリビアでした。あとは・・・と、これ以外をあげようとパラパラとめくって読み返してみましたがありませんね。。
この巻は表面下でくすぶっていた力が、あるキッカケで噴出するまでの胎動から勃発という力の移り変わりを記述していますが、そのくすぶりの意思があまり私にはピンと来ないという感じです。射るまでに十分に力が蓄えられた弓にも例えることができず、かといって無作為な暴発でもありません。我慢して我慢して我慢して我慢しきれなくなった悲壮さ(その割には宗教的なのですが)があり、しかし参加者全員がその信念に死するというわけでもなく、ある種、集団ヒステリーの状態であったような印象を文面から受けてしまいました。気分として池田屋事件直前に志士たちが発していたであろう高揚感は感じません。端的にあらわしている文を引用すると、
「私どもが、まず死にましょう。あなたたちはあとに続いてくれるか」(p283)になると思います。「何をするか」においては「まず死ぬ」というのが目的となっています。
投稿者 napier : 2005年09月26日 23:11
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