2005年10月17日

記憶めぐり

ときどき文章を読んでいて綺麗だなと思ったり既視感を感じたり同じようなことを考えている人たちがいるんだなと思ったりすることがあります。自分もこのことに関して既に文章にしていればわかりやすいのですが、inside out長い文章を書くということ を読んでいたときにふとこのようなことを思い出しました。

このエントリにはいろんなモチーフが隠れており、それは観測的であったり構成的であったり微視的であったり巨視的であったり文学的であったり数理的であったり客観的であったり主体的であったりと、受け止め方はその文章を読む人それぞれに対して異なった色彩を放つものだと思います。

inside out : 長い文章を書くということ

それらの歪みや矛盾というのは、もしかしたら、対象物の歪みや矛盾かも知れませんし、あるいは、逆に自分の中の歪みや矛盾なのかもしれません。あるいは、対象物と自分との間にある歪みや矛盾なのかもしれません。

それらの歪み・矛盾・食い違いなどを何とかつなぎ合わせて一つのものにする、というのが長い文章を書くということなのかもしれない、と思うことがあります。だから、長い・広い文章を書くということは、そんなたくさんの歪み・矛盾と向かい合わざるをえない辛い作業なんだろうな、と想像したりします。ただ、書かなければ「その書く辛さ」に向かう羽目にならないのかもしれませんが、書かなければ「書こうとして始めて気づくこと」や「書き終えることでようやく発見すること」を見ることもできないもかもしれない、とも思います。

この引用は部分的ですが、全体を通して感じた印象としては ∫Integral Interval∫自然と自然科学と数学1 を思い出させられました。

∫Integral Interval∫ : 5月8日 自然と自然科学と数学1

自然とは、つかみどころのない霧のようであり、視界に入りきれないほど大きな岩石のようでもある。見ようとするとその足元を残して後は隠れてしまう。つかもうとすると小さなかけらを残して後は消えてしまう。科学という名のライトは以前よりも自然のずっと多くの部分を照らし出すことができるけれども、それでも自然のほんの一部のことしか分からない。また自然の他の部分は、絵画だったり音楽だったり宗教だったりで少しずつ理解できる。それでもやはり全体を照らし出すことはできないだろう。

これは非常に印象に残った文章で、多分当時 CONTACT を見ていた影響もあるのだと思います。Google 先生をとおして自分の記憶の中のセリフ(the universe is a pretty big place)を検索してみると、CONTACT の中で印象に残っているフレーズは多分以下のサイトのこの記述で間違いはなかったと思います。

LS's Book of Quotes : http://www.alexandre.leroux.net/quotes/quotes_e.html#contact-anchor

The most important thing is that you all keep searching for your own answers. I'll tell you one thing about the universe thought, the universe is a pretty big place, it's bigger than anything anyone has ever dreamed of before, so, if it's just us, seems like an awful waste of space, right?

こうやって繰り返していくうちに更にいろいろな記憶がよみがえり、また取りとめもなく引用の繰り返しを行ってしまいそうになります。「長い文章を書くということ」によってはじめられた記憶めぐりの行程は、この文章に対する自分の記憶に対して「歪みや矛盾」ではないにしても、それに近いものを探そうとして「書こうとしてはじめて気づくこと(思い出すこと)」や、果たして「このエントリを書くことによって発見したこと」があったかどうかは、多分また時間がたってこのことも記憶になったときに思い起こされることかもしれません。


投稿者 napier : 22:30 | トラックバック


2005年10月16日

change

流川といい
桜木といい
こいつら・・・
どんどん変わっていきやがる・・・!!
SLAM DANK 完全版 #23 ISBN:4088592123 p149

湘北 vs 山王の試合中に清田信長が発したセリフです。このエントリこのエントリ で「変化」について意識して書いてきましたが、「変わること」についてはじめて意識したのは SLAM DUNK の中でのこの清田のセリフがキッカケでした。

ある程度型が決まってきたりそれが定石といわれるようになると、その型をなるべく守ろうとするのが心情だとは思いますが、それでもあえて変化すること、変化し続けること、それこそが重要な何かだと思わせられた瞬間でした。この「変化」は他の作品、他の人の作品においても様々な場面であらわれてきます。私が触れたかぎりの場面をここで紹介していこうとは思っています。

さて井上雄彦さんのマンガはいろいろと考えさせられるセリフや人物が多くあらわれます。多分今後、バガボンドに関しても引用することがあるとは思いますが、現時点までで一番多く読んだのは小次郎のエピソードにおける鐘巻自斎その人についてです。これに関してはまたの機会に。


投稿者 napier : 03:17 | トラックバック


2005年10月14日

standard

トグサ:少佐、前から訊いてみたかったんだけど、何で俺みたいな男を本庁から引き抜いたんです?
草薙素子:お前がそうゆう男だからさ。
トグサ:
草薙素子:不正規活動の経験の無いデカ上がりで、おまけに所帯持ち。電脳化はしてても脳みそはたっぷり残ってるし、ほとんど生身。戦闘単位としてどんなに優秀でも、同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も、特殊化の果てにあるのは緩やかな死…それだけよ。

岩田さんの基調講演 に関して書いていたときに、ふと思い出したセリフです。最初は「マンガにもあったよな…」と思って探したのですがどうやら映画だけのようですね。マンガの方では巻末の方の、人形使いとのチャネリングで同じような会話がなされています。映画版ではここの会話が端折られてしまっていたり視覚的に面白く無かったりで、私はマンガの方が好きです。

ゲーム産業の硬直化、言い換えれば結晶化 (c)tomoya.com を防ぐために任天堂は現在、映像の進化ではなくインターフェイスの進化に力を注いでいます。こういった姿勢は、ゲーム分野は自分とは関係ないから…といって放っておくのではなく、姿勢として見習うべきものがあると思います。といっても、左に十字キー・右に A B ボタン(ファミコン)や、L R ボタン(スーパーファミコン)というイノベーションをもたらしたのは任天堂ですし、DS のタッチパネルや 2 画面表示など、任天堂は常にゲームに斬新さを与えてきました。見習うべきは留まらないこと、変化し続けることのように思います。


投稿者 napier : 01:29 | トラックバック


2005年10月12日

human rights

バトー:お前・・・・人権ってコトバ知ってる?
知らねえだろうなあ・・・・
草薙素子:モラルと現実の界面で生まれた言葉ね
理念は判るけど見たことないわ・・・
攻殻機動隊 1巻 ISBN:406313248X p331

新しいカテゴリでいろんな台詞、文章、言葉に関して作ろうと思いました。最初は攻殻機動隊です。特にマンガや本にこだわることなく映画やドラマからも引用していくと思います。既存のカテゴリとかぶってしまいますがそんなときは複数のカテゴリー登録になると思います。

こういった引用としては「攻殻機動隊 Stand Alone Complex」の最終話が面白いです。見てない方は是非っ。


投稿者 napier : 00:37 | トラックバック


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