2010年05月14日

3月のライオン

本屋さんに平積みされていたのは随分前から見ていたのですが、やっと購入して今読んでいます。やはり、気になったものはすぐ手を出すべき、の鉄則どおり、どっぶり浸かってしまっています(^^;

シリアスだけどコミカル、という王道で読者を惹きつけてそして癒して、同年代の人たちには生きていくうえでの共感と教訓を、かつてこの世代だった人たちに対しては、今の自分はかつてその時代を生きてきた当事者であり、その共感と教訓の時間を終えた今その時代をどう振り返るか、まだ果たしきれなかったことがあるのであればそのことを思い出したその瞬間からどのように日々をおくるべきか、などを考えさせてくれるマンガです。

ふと思ったことに、この「3月のライオン」は将棋を題材としたマンガですが、囲碁を題材としたマンガに「ヒカルの碁」があります。両者に共通して出てくる舞台として「研究会」があります。「ヒカルの碁」を読んでいたときには想像しなかったことですが、今現在「研究会」という仕組みについて考えた場合、将棋や囲碁の棋士たちはこういった「研究会」を持って技術の向上を図っている仕組みに対し、自分は(もしくは自分の所属するチームは)こういった仕組みを持っていないな、ということに愕然としました。棋譜並べは一人でもできる、というのは、他人の書いたコードは一人でも読める、と同義とも言えます。実線練習や検討といったことを自分及び自分の周りでは全くやっていないな、と思わされました。

この辺は今の仕事を進める上で重要なヒントのような気がします。


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2010年03月14日

涼宮ハルヒの消失 (2)

さて、その 2 です。何の気なしに続きます。

前回のエントリは多分飲んでいたときに書いたので読み返すのが怖くて放置していました。で、今酔っているので(禁酒できてないじゃん!)読み返してみると「ははぁ、言いたいことはわかった」と独りごちるものではありました。そしてその 2 です(ネタバレあり)。

砂の女を読んだこともあって、時空改変された世界がそのまま砂の世界に重なります。劇中でキョンは積極的な帰還を望み、果たしてそれは成し遂げられます。しかしそれは積極的に援助をしてくれる仲間がいたからであり、それもむしろハルヒを中心としたパワーバランスの、その均衡ポイントへ戻すための反作用であったのかもしれません。しかし結果的に語られているのは、狂言回しとしてのキョンの独白を通してのみ、という部分において物語は不動のままです。

この逸話が何を物語っているのかという点において、ひとつ覆せない事実があります。それは長門の関与。そしてそれは、キョンの思う彼の中の長門がそうさせた、だけであるのかもしれません。それは何故か。今回の劇を知っているのはキョン自身と、キョンの認識する長門だけ、であるからです。

・・・いや、劇の最後でキョンの言った意味深なキーワード。「ジョン・スミス」という切り札。これをそのハルヒが本当に知っているか知っていないか。これは重要な連続性の仮定でしょうね。もしかしたら、そのキョンは「ジョン・スミス」を知らないハルヒの世界にいるのかもしれない。

多分に知人の解釈が混ざっており、原作を読んでない自分では判然としないのですが、アニメで語られた内容よりもノベルで語られる物量は尋常ではないらしいので(攻殻機動隊を連想)、その部分に関しても興味がわきます。

原作や人の想像を知らない分妄想できた前回の方の解釈がやはり楽しいですね、自分にとって。ハルヒ自身の解釈(彼女自身の一人称としての独白)がなされる前に、やはり原作を読まなくては。


投稿者 napier : 20:53 | トラックバック


2010年03月08日

禁酒禁酒・・・

最近あまりに酷すぎると思うので禁酒決行。飲んで帰って飲みを重ねるというのが酷すぎる。。眠ってしまう癖をつけよう。


投稿者 napier : 01:24 | トラックバック


2010年02月28日

涼宮ハルヒの消失

top5.jpg

観てきました。何かと話題に事欠かないハルヒですが、今回の映画は必見です。 2 時間 42 分という長尺にもかかわらず、その時間の長さを感じさせずに物語りは進行していきます。

自分の過去のハルヒエントリを確認してみたところハルヒに関して全く書いてなかったんですね。多分、まとめ切れなかったのかな。最初のテレビシリーズを観ての感想は、現代版「うる星やつら」だったと思います。日常の中で非日常を求めているわけでもないにもかかわらずその非日常に知らず知らずに振り回されてしまう狂言回しとしてのキョンは、やはり日常を求めていたしのぶに重なるとか何とか、そんなことを書こうとしていた気がします。彼のセリフはそれ自身でメガネとしのぶの両役をこなし、性格は異なるにもかかわらずポジションはあたるであり、自覚のないハルヒは立場としてはラムであり、彼女のまわりにいた不思議な仲間たちはやはり彼女のまわりにいる宇宙人未来人超能力者であるとかなんとか。

・・・ちょっと検索ワードを変えたら、これですね。しかもだいぶ最近だ(笑) ここで引用したかったセリフっていうのは多分「宇宙船、友引号」が出てくるしのぶのセリフだったと思います。

さて、劇の進行でキョンはすでに自覚的に観測者からプレイヤーへとの変貌を遂げます。これは先にあげたうる星やつらで考えると例外的な動作で、物語の中核への積極的な関与をさけることによって構成される舞台運びの屋台骨を、その物語の収束へと向かわせる動作を意味します。しかしそのプレイヤーとしての立場は単に意識上に明確化されただけであり、意識下で望んでいた状況を根本的に変えるものではありません。またこの積極的な関与も環境を整えるというだけの意味であり、その環境下で行われる活動のすべてはハルヒを中心とした世界が前提としてそこにあり、彼はそれを自覚を持って選択したということを結論とします。ハルヒのために用意した世界であり、彼が望んだ世界です。

このメタ世界への関与はハルヒの外の世界です。本当にこの物語が収束するのはハルヒが自覚的にこのメタ世界に関与するときなんでしょうか。それも含めて、原作も読んでみなくては・・・w


投稿者 napier : 00:39 | トラックバック


2010年02月08日

飲まれ過ぎた

久しぶりに深酒。なんでこんな風にあてられたのかが分からないくらい悪酔いをしていました。そんなんでダウナーな月曜日を過ごしています。悪循環のスパイラルです。

必要なのはある程度の忙しさと、没頭できるもの。何かに集中していれば気も紛れるというものですが、なかなかどうして。一度この精神状態に落ち込むと復帰が非常に難しい。週頭であったり明日はミーティングがあったりと向こう見ずなこともできない状態ですし。

精神を引き戻すために何か好きな本を読もう。短時間で読み終わるようなものが吉。そしてまた早く寝ること。


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2010年01月12日

TV キャプチャ環境

PT2 用に新規に ATOM マシンを組みました。OS のインストールやアプリの設定自体は苦もなく済んだのですが、カードリーダの動作が安定しません。状況をみると、新規に USB ポートにカードリーダを挿した場合(つまりその瞬間に動的にドライバがロードされた場合)カードの動作は問題ないのですが、OS を再起動した場合やドライバの設定がなされているポートにカードリーダを挿した場合に、ドライバが正しく動作していないようです。もしくはドライバとしての初期化はなされているにもかかわらず、アプリケーションからの利用が正しく行われていないようです。

この辺のアプリは組んだことがないのでどの段階で問題が起きているのか分かりませんが、時間があるときにエラー箇所だけでも確認してみようと思っています。面倒ですが workaround も発見したことは発見したので、当面は運用回避でいけることはいけます。

ふーむ、しかし、、、Windows でのキャプチャ環境って何かしらはまりますね。専用 PC を組まざるを得なかったのは既存の環境で BSOD が頻発した、っていうのが決定打でしたし。


投稿者 napier : 22:42 | トラックバック


2010年01月08日

タイムパラドックス/マシン/トラベルもの

シュタインズゲートからの流れで非常にこの分野に興味がわいています。しかし物語を楽しむことに関して、ネタがタイム*ものである場合にはそれをどこまで情報開示しておくかは非常に難しいところですね。

例えば、「タイムパラドックス/マシン/トラベルものでオススメの作品はありますか?」という質問があった場合、それに対して答えられる作品は絶対にタイム*ものになります。しかし作品中、序盤ではそのことが語られず物語が進むにしたがって次第に時間に関連した物語であることが分かる場合などでは、前提情報はなるべく排除されていた方が面白いと感じるはずです。最初から時間ものであるということを知っていた場合その先入観によって思考が強制されますし、ネタの方向性が事前にわかってしまうのでは面白くありません。

幸いにしてシュタインズゲートは作品紹介及び物語の冒頭から「電話レンジ(仮)」というものが重要なキーアイテムとなっており、それがヒキのひとつにもなっています。事前にこのように情報が開示されている作品はいいのですが(「Back To The Future」などもこれに入りますね)、例えば「○の○○」といった映画など、結果として時間が重大にオチにかかわって来る作品などは質問者に回答したくはなりますが、ネタがネタだけに教えることを躊躇します。

この辺、うまく説明/回答するいい方法ってないですかね?ものすごいジレンマです。


投稿者 napier : 00:12 | トラックバック


2010年01月04日

Ever17 (3)

一応、すべてのシナリオはすべて終わりました。

しかし・・・、世間で言われているような評価が何故起こったのかが、なぞ過ぎます(汗)

多分、プレイした時代が違うというのがあると思います。オリジナルは 2002 年に発売されており、現在は 7.5 年後。そして自分はあまりアドベンチャー系のノベルゲームをやりません。なので、その手の「オヤクソク」は知りません。そういうプレイヤーには敷居が高かったのかも知れないとは思います。

以下は、ネタバレがあります。


多分、のめりこめなかった原因はシュタインズゲートを主体に考えてしまったからでしょうね。あの感動を秘めたまま遊んでしまったのが原因だと思います。単純に「趣味」の問題です。

では、その「趣味」の問題をなくしたとして。やはり、謎だと思います。自分は最後まで「パラレルワールド」設定だろうな、と思っていました。それが時間軸的に違う、という設定だと知らされたときには、それ以上の「???」で覆われてしまいました。17 年間、 IBF が何故そのまま存在することができるのか、その存在を無視するかのように LeMU が同様の形で再建できたのは何故か?という問題があるからです。

LeMU が再建可能だということを考える場合、IBF を無視することはできません。何故なら LeMU は IBF の隠れ蓑に過ぎず、主体は IBF だからです。企業の優先順位を考える場合、LeMU を失うことがあったとしても IBF は残します。また、少なくとも両方失うことがあるような場合でも、主体である IBF は場所を変えて存続させます。何故なら、それが「主」であから。隠れ蓑である LeMU は IBF が存在しない場合、価値が 0 だからです。

そのような状況下で 17 年もの間 IBF に手をつけずに LeMU のみを再開発する(圧壊したアミューズメント施設のみを撤去、再開発して同様の施設を作り、本来の目的である研究施設である IBF には手をつけない == ハイバネーションシステムは無視)ということは、企業理念から考えてありえません。この Ever17 にはそれに対する説明がありません。また、その動きがあったこととの示唆に関しても説明がありません。

また 17 年という歳月を経過しているにもかかわらず、なんら変りのない LeMU のシステムやアトラクション、コンソールシステムにも違和感をぬぐえないというのが感想ですね。これは時代のなせる業なのかもしれません。ゲームが開発された 2002 年と現在の 2010 年の 17 年という時間の考え方です。

ジャネーの法則という考え方がありますが、それが適用できるかもしれません。もし 2002 年当時にこのゲームを遊んでいれば、まったく違った感想になるだろうと思います。

といってこのゲームがつまらないかというとその判断は早計でしょう。たいへん面白く遊べました。いろいろと示唆にとみ、アドベンチャーゲームがどういった発展を遂げてきたのかという試金石になっているゲームだと思います。そういった意味においても意味のあるゲームだと思います。私のようにアドベンチャーゲームを 2000 年代の初期で遊ばなくなった人には、是非プレイしてもらいたいゲームだと思います。


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