2011年08月18日

官僚の責任

話題の官僚、古賀茂明さんの著書です。

この書籍を読むに至った経緯は Life is beautiful のこのエントリからの流れです。

東日本大震災から福島第一原子力発電所事故、そして補償問題。これらに関してはリンク先を読んで頂くとして、この本を読むと官僚組織の意識の根底には日本の伝統的な「家」という観念が横たわっているように感じます。この「家」は「天下りポスト」であり、霞ヶ関的に「天下りポスト」が無くなることは、かつての大名家における「御家断絶」を意味するように感じられました。

ちょっと長いですが引用すると、

 が、その結果、新たな団体が生まれたことで、そこへ理事長として一人、事務局長として一人を通産省から送り込むことが可能になった。典型的な天下りポストが誕生したわけだ。
 その後、私が商務情報政策局の取引信用課長として、こうした事業を担当することになったときにはすでに、事業は安定してまわっており、かつ流動化の仕組みも市場での理解が進んでいた。だから、私はこういう提案をしてみた。
「もう、いちいち経産相が審査しなくても民間でできるでしょう。リースとクレジット以外の資産流動化にはこんな規制はない。もう規制をはずしてもいいのではないですか?」
 しかし、規制撤廃は容易には進まなかった。
 むろん、規制を撤廃しても差し支えないということ、それによって取引が活性化し、業界ひいては金融業会にとってプラス効果が大きいことは、みんなわかっている。けれども、現実に経産省の所管団体が存在し、そこに天下りしている省のOBが二人いる。もし法律を廃止して規制をなくせばどうなるか──審査を行っていた団体も不要になってしまう。
「そうなったらOBが職を失ってしまうではないか」
 規制撤廃が遅々として進まなかったのは、大勢がそういう考えだったからだ。
 そもそも、官僚の世界では先輩に不利益になることを言い出すこと自体がタブーなのだ。
「なんて冷たいやつなんだ」
 そう思われるのである。
 このケースでは、何度も担当局長を説得した結果、最終的には私の理屈が通り、規制は撤廃されることになったのだが、最後に局長が言った言葉を私はいまだに忘れられない。
「ぼくはほんとうに寂しいよ……」
 局長はそう言った。規制が緩和もしくは撤廃される際は、世論や外国からの圧力を受け、「もはや、やむなし」と政治家が判断して手をつけるというパターンが通常だ。しかし、担当課長は最後までそれに抵抗する。はっきり言えば、天下り先が減るからだ。それが霞が関の常識なのである。
p114~p115

時代劇が好きな人にはこの感覚がわかって貰えるのではないかと思います。 また、「信長の野望」的なシステムで「官僚の野望」といったゲームまでできてしまうんではないかと、想像は膨らみます。


投稿者 napier : 18:54 | トラックバック


2010年12月28日

もしドラ読了

話題の「もしドラ」、読んでみました。

ページ数的にはそれ程多くなく数時間あれば読み終わると思います。話自体は小説の形をしており、話題になっていると言うことと特集された雑誌を読んだことがある程度の認識はあったので、ところどころのキーワードには「これのことか~」と、若干ネタ晴らしをされた感覚で読み進めました。

この本が今日の日本で受けている理由の一つには「時間の無さ」もあるのでしょうね。結果を導き出すためのクリティカルパスになりうるのではないかと言う期待。そして、日本の文化的背景に根ざした小説であったということ。

この本の要素として挙げられるのは、

  • ドラッカー
  • マネジメント
  • 萌え絵
  • 女子高生
  • 女子マネージャ
  • 高校野球
  • 成長の物語
  • ライトノベル

が主要なところです。

この中で最近のトレンドは萌え絵、ライトノベル。日本に根ざしている文化は高校野球。女子マネージャ、女子高生はそこから必然的に連想されます。成長の物語は、少年漫画では主要なテーマです。そしてそれらに結び付けられるドラッカーとマネジメントというイレギュラーな要素。だがそれは社会人が避けて通れない問題に対する道標となる内容であり、そして権威としての実績が担保されている。

単に小説の内容を考えるとプレイボールを強く思い起こさせます。

この物語もチームのメンバー自身が自分たちでチームを改革して行った内容だったと思いました。違いは、ドラッカー・マネジメントといった権威付けです。DS の初期に流行した「脳トレ」に川島教授の権威付けがあったことは卑近な例でしょう。

さて物語として読むとそのままラノベですが、やはりこれをきっかけにドラッカーに注目をしてしまいますね。「もしドラ」のブームで知ったドラッカーですが、自分が所属する組織の中にこれを生かせないかと考えてしまいます。制度としては自己目標管理なども存在していますが、この「もしドラ」を読む前と読んだ後とではそれに向き合う意識が変ります。そのことに自分だけで思い至れ、というのはやはり難しく、組織としても制度だけを形骸化させること無く、そしてそれぞれの人にそれを伝えることを怠ってはならない、と感じさせられる本でした。


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2010年09月08日

ウェブで学ぶ

「グローバルウェブ」や「ローカル性」「グローバル性」など、何を意図しているのかよく分からない単語が並んでおり、非常にティザーエントリとなっています。釣られた感がありますが電子教科書などが取りざたされる昨今、抑えておいきたい書籍であると感じてしまいます。教育関連の章や節が見える割には pod cast は単語として表れていなかったり、このことに関しても興味を惹かれますね。

明日はパラパラっと立ち読みしてみようと思います。


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2010年09月01日

New Kindle (4)

kindle.jpg

ついに kindle が到着しました!もう最初から何をやったらいいのかがわかりません(笑) なので、当初の目的であった青空文庫を pdf にして取り込んでみることころから始めました。

青空文庫の pdf 化はこの「青空キンドル」というサイトでできます。素晴らしいサイトです。で、出来上がった pdf を kindle に転送しなければならないのですが、この方法を全く知りませんでした。いろいろと検索してみると pdf をメールで送って、、とか、なんか面倒な説明をしているサイトがあります。

出たとこ勝負、ということで PC にまずつなげてみます。・・・ちゃんとストレージとして見えているじゃないですか。documents というフォルダがあったのでそこに pdf をコピーしてみると、しっかり kindle で認識されました(^^)

これでプリントアウトしてから読むと言う苦労から開放されます。あとは物理本の積読を消費して、はやくこっちに来なければ。


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2010年08月29日

New Kindle (3)

27 日に発送されて 29 日現在、成田まで来ています(^^)

Estimated Arrival: September 1, 2010

ということなんで、うちへの到着予定は 9/1 です。非常に待ち遠しい!


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2010年08月26日

New Kindle (2)

非常に好調な売り上げのようです。しかし、私の Kindle はまだ発送されません。。待ち遠しい。

そこで実際の Kindle のサイズを知らなかったこともあり、どれくらいの大きさ/重さなのかを身の回りのもので考えてみることにしました。回りを眺めてみて一番フィットした大きさのデバイスが、今使っている電子辞書 PW-S7200 です。

kindle3.pngPW-S7200.jpg

この PW-S7200 は幅120mm×奥行90mm で、開いたときの大きさが 120mm×180mm になります。New Kindle が 122mm×190mm ですので、ほぼ縦に 1cm 大きくしたくらいの面積と同じになります。これはわかりやすい。

PW-S7200 を開いて持ってみると、慣れないせいかこれでも大きく感じます。電子辞書みたいにたためると便利だと思いますが、表示領域のことを考えるとなかなか難しそうですね。実物が待ち遠しい~。


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2010年08月07日

シャープの電子書籍端末

同社が商品化する3次元(3D)対応の液晶パネルを採用し、立体映像を楽しめるように検討する。(中略) 電子書籍の枠組みを超えた「万能端末」的な機器を目指し、電子書籍端末で中心的な役割を果たすコンテンツの配信まで手がけることで、新しいビジネスモデルの確立を狙う。

これ、いくらくらいで商品化するんでしょうね。 iPad はiPod, iPod Touch そして iPhone と言ったバックグラウンドがあったために 5 万円という価格でも売れました。もちろん iTunes Store のおかげです。全くバックグラウンドのない新しいプラットフォームとしては頭が痛いところでしょう。

これについてはかつて発売された携帯ゲーム機が参考になると思います。そう考えると 2 万円台でないとつらいでしょうね。デフォルトでどれだけのアプリケーション/サービスを揃えられるか。それもあっていろんなところと話を進めているのでしょう。

「万能端末」などと言ってしまっている段階でほぼフラグがたった状態ですね、うーむ。。最初は AQUOS と連携して録画した映像が見られる、とかが当たり障り無い気がします。成功してもらいたいのですが。。


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New Kindle

これは速い!想像していたよりもずっと高速になっているようです。

そして私もついに注文してしまいましたw 到着が待ち遠しいのですが、いつ出荷されるかに関してはいろいろと憶測が飛び交っている段階です。現時点で、

Delivery Estimate: October 6, 2010 - October 8, 2010

と表示されているので、気長に待つことにします。

以下は e-book reader の一覧表です。こんなにいろんな種類があるとは知りませんでした。


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2010年08月04日

次世代ポータルを狙う争い

電子書籍というのは建前に過ぎず、新市場のポータル戦争と言っていいような気がしています。通販、ニュース、検索、音楽、動画、SNS、アプリケーション、つぶやきなど、それぞれのポータルサイトが固まっていく中、まだ手がつけられていなかった市場に電子書籍があった、という状況ですね。

これら以外でまだネット上に構築されていない市場を考えると、次世代ポータルがどこに向かうかを想像しやすくなると思います。


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2010年08月03日

デジタル教科書

以前の「光の道」の対談で語られた内容とだいたい一緒なんだろうな、と思います。このときの対談の内容は以下のサイトなどで読めます。

このデジタル教科書に関して、スラドの書き込みは概ね否定的な意見ばかりですね。ハードの耐久性に関してや、デジタル教科書の見本を示してね、職員の教育はどうするの?といった書き込みが見られます。なんという人気者なんだ、孫正義wって感じです。

iPad は引き合いに出されていますが、デジタル教科書が iPad で必要十分かという議論はおいておいて、その他の選択肢も 2015 年になら十分にあるでしょう。こういったデバイスの耐久性について考えると、その製品を作ることができる一番最適な企業は任天堂のような気がします。DS は小学校低学年の子供も十分使っていますし、彼らの日々の使い方に対して十分な耐久性を示しています。Nintendo DSi LL の次は Nintendo 3DS のようですが、その次にタブレット端末を用意していてもなんら不思議なことはありません。ゲームとは真逆の方向であると思われる教育分野へ進出をしても、ゲームの裾野を広げる、の解釈を大きくするとすればそれも十分に視野に入っているでしょう。

DS のヒットで異業種メーカが任天堂プラットフォームに続々参入し続々抜けていった状況は、今後数年 Apple がたどる道の先鞭です。雑誌やテレビでの Apple の持ち上げ具合にはすごいものがありましたし、Apple の製品出荷に関するプレスリリースはかつての任天堂のそれととても酷似して見えます。

任天堂が iPad のようなデバイスを出す場合に問題になるのが、開発者に対するライセンスでしょうね。伝統的なライセンスのモデルを取るか、 現在の iOS/Android のようなモデルを取るか。3DS に遅れて新しいデバイスを発売する場合、それが次世代マシンとして捉えられても不思議ではありません。 1 社からライセンス形態の異なる 2 つのプラットフォームが生まれた場合、とは言っても Microsoft も PC と Xbox という 2 つの異なったプラットフォームがあるわけですし、それが間違った選択になるとは限らないでしょう。

コンテンツ分野、ソフトの開発力を含めても任天堂は “あり” だと思うんですが。少なくとも孫さんにアジられているだけの状況より、岩田さんが考える次の未来が示されると非常に面白いことになると思います。


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Skiff Reader

Skiff Reader というものが今年の初頭に発表されていたようです。

解像度1200×1600ピクセルの11.5インチのフルタッチディスプレイを搭載し、重さは約500グラム程度。

これくらいの解像度の端末が発表されていたのは知りませんでした。しかしその後の発表があまり無いようで、ちょっと寂しい感じです。


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2010年07月24日

ニコ生 電子書籍『AiR』

twitter の #denshi タグをチェックしていて知った番組です。想像していたよりも非常に面白かったです。プレミアム会員の方はタイムシフトで見ることができるので、電子書籍が気になっている方はチェックしてみるといいと思います。

ニコニコの文化はやはりコメントが素晴らしく、ソーシャルリーディングの話になったときには即座にひぐらしが引き合いに出されました。そのときに思ったのが、最近いろんな電子書籍アプリ(あえてアプリという言い方になってしまいますが)が iPad 用にリリースされています。本の電子化という意味でなく、一昔前の言葉で言えばマルチメディア化、といった風合いのものです。音が出たり傾けて何かが転がったり。そして単体アプリであるがため統一された書棚にリスト化されません。

これは誰が求めた「電子書籍」なんでしょう。ひぐらしのコメントで気づいたのは、これってゲームだよね、ってことです。サウンドノベルとかビジュアルノベルと言われるものです。

本当の意味での電子書籍は日本には既に青空文庫がありますし、マンガでは eBookJapan がそうなるんでしょうか。現在進行形の書籍としてこういったものをユーザは求めていると思っています。

ニコ生の方は非常に楽しく見ることができました。ゲストやスピーカーの方も面白く、北川悦吏子さんの話しぶりは初めて目にしましたが「この人、普通に女の人だ」と思ったり(笑)、瀬名秀明さんも初見でしたが非常に興味深い方でした。話の中で出てきた BRAIN VALLEY には興味を惹かれて速攻注文してしまいました。こんなとき電子書籍が実用化されていれば即座にダウンロード可能なのに、と思ってしまいます。

こういう番組が出てくると、テレビって本当に見る機会は少なくていいな、と感じます。三輪明宏さんが以前「お遊戯会のような芝居/番組を見ていて何が楽しいんだろう」というようなことを言っていましたが、その心境に近いですね。


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2010年07月20日

シャープ、電子書籍端末発表

発表された端末は 5.5 インチと 10.8 インチの 2 種類です。スペック等の詳細はまた今後発表されるようです。 シャープは 5 インチくらいの端末として NetWalker PC-T1 を発売しており、大体のスペックはこれに近いのではないでしょうか。

うーーん、しかし。。この 2 つの中間の大きさが欲しいと思っているので、何とも肩透かしを食らったというのが感想です。と言っても、いろんなメーカがこの市場に参入してくるのは非常に嬉しいですね。


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2010年07月17日

Alex

home-product-shot.jpg

ITmedia で面白い電子書籍端末が紹介されていました。 Android + モノクロ E-Ink (800x600, 6inch) + カラー液晶 (480x320, 3.5inch) で重さは 310g です。日本では 8 月に発売する予定で価格は 3 万円を切るくらいだそうです。

液晶の方は iPhone 3GS と同じ解像度ですね。少し興味を惹かれる製品です。できれば E Ink 側の解像度がもう少し欲しいところです。



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2010年07月16日

電子書籍端末

自分が思っているモバイル運用での理想の電子書籍端末の大きさは A5(148mm×210mm) サイズで 1400x1050 くらいの解像度です。この解像度は今使っている Let's note CF-Y5 のもので、それ以外の意味は特にありません。

よくスマートフォンで使われている 800x480 という解像度は 3.7inch という大きさでは非常に精細に見えますが、A5 くらいのサイズになるとピクセルピッチが広くなりすぎてしまいます。その上の解像度、と考えたときにすぐ思い浮かぶのは 1024x768 で、これは iPad の解像度と同じです。 iPad 自身は B5(182mm×257mm) くらいの大きさですが、この解像度はちょっと残念な感じがしています。

4:3 のアスペクトで考えるとその次は 1280x960 になります。 KindleDX が 1200x824 なのでこれくらいでもいいかと思いますが、pdf のドキュメントを見ることを考えると現行使っている Y5 でももう少し解像度が欲しいと思うくらいなので、最低でも 1400x1050 くらい、と思っています。

iPad の発売後に出たパチもんのタブレットは大抵が 800x480 です。これは Nexus One がこの解像度だから、何も考えずそのままの解像度にすれば Android のカスタマイズも必要じゃなくてソフトに工数をかける必要がない、といった面があるんでしょうかね? NEC の LifeTouch もこの解像度というのがとても残念です。

その他電子書籍端末を考えた場合、表示領域とフレーム領域のバランスの問題があります。本は紙自身が表示面で、そのフルの紙面に対して余白がこれくらい、文字や絵を描く部分がここ、というようなバランスで構成されています。電子書籍の場合には間違いなくフレームが表示面の外に存在します。この領域を小さくできればできる程、「本」から「電子書籍」へ移行が違和感無く進むように思います。厚ぼったいフレームの端末は使う気がまず起きません。特に紙に印刷することを前提にした pdf などは余白が多いです(しかしこれは表示領域の変更で意外となんとかなってしまいますね)。

A5 サイズで高解像度の端末、どこか作ってくれませんかねぇ。。


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2010年07月11日

東京国際ブックフェア

  • 第17回 東京国際ブックフェア(TIBF2010) - 書店への営業、版権取引(著作権取引)、販売のための展示会です。 -
    http://www.bookfair.jp/index.html

土曜日に行ってきました。目的は電子書籍端末の動作を見るためです。ざっくりとまわって、実機に触れられたのはだいたい以下の端末です。 Kindle は探したのですがなかったですねー。新しい黒 DX の動作を見たかった。

東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア東京国際ブックフェア

もっとも期待していたのは NEC の LifeTouch でした。DigInfo TV で Interop 2010 のときの様子が見れます。

動きに関してはこの動画と同じでした。滑らかとは言えず、まだまだ高速化が必要だと感じます。デバイス的にはマルチタッチに対応していないとのことで、画面のズームはメニューを出して倍率のスライダを動かすか、画面をダブルクリックすることで拡大がなされます。

コンセプトや画面の大きさは非常にいいところを付いていると思っています。ただ、7 インチディスプレイで 800x480 ピクセルの解像度は 133ppi にしかならず、これは iPad の132 ppi (1024x768, 9.7inch) とほぼ同じですが iPhone3GS 163ppi (480x320, 3.5inch) や iPhone4 326ppi (960x640, 3.5inch) には及びません。そしてやはりドットが目立ちます。

画面に注目してみると SHARP の PC-T1 は非常に綺麗に見えました。 1024x600, 5inch なので 237ppi です。この端末は厚いのと画面が小さいのを何とかすれば非常に興味を惹かれる端末になります。

その他の E-Ink を使った端末は、やはり難点が画面の書き換えスピードですね。わかっているものや時間をかけてゆっくり読むものを対象にする場合にはいいのですが、全体を通してパラパラッと眺めたい用途には全く向きません。この辺はユーザビリティを含めて iPad が飛びぬけています。

FLEPia はこの展示会で初めて知った製品です。大きさは手ごろでいい感じでした。これで液晶搭載の製品があれば見てみたいと思わせるものです。

全体をとおしてみても、まだまだ欲しいと思える端末は現れていませんねー。 iPad の半分くらいの面積で 1/3 くらいの重さの端末があらわれればいいと思っているのですが、そのときには iPhone に続き、また Apple 製品を買ってしまうかもしれません。

最後に、画面の大きさと解像度のまとめです。

LifeTouchFLEPiaPC-T1iPadiPhone 3GSiPhone 4
画面サイズ800x4801024x7681024x6001024x768480x320960x640
インチ数7859.73.53.5
ppi133160237132163326


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2010年05月16日

iPad

サンデーモーニングの「風をよむ」で iPad が取り上げられていました。意外と冷静なとらえられ方で、「本」というもの自体とその内容を分けてそれぞれの人がコメントをしていました。情報としての本の役割は「書いてある内容、その内容に達するまでの著者や編集者、その本の制作にかかわった人々の仕事がすべて詰まっているということ」、存在としての役割は「本というデバイスそのもの。本の匂いであったりそばに積み上げられている状態、物理的に見える本の厚さであったり個体としての量。ページをめくる感覚や時間が経って古くなっていく過程自身」などなど。 Kindle が日本でも購入できるようになったときや、それ以外の電子書籍デバイスが発売されたとき、今回の盛り上がりはそれらと比べられないほどの強さを持っています。

面白かったのはこの iPad の電子書籍としての面を強調しているにもかかわらず iBooks に関しての説明が無かったこと。日本の出版事情の説明はあったものの、その次に来るだろう電子化に対する説明は皆無。そうとらえると特に iPad だけでなく電子書籍そのものの特集であっても問題が無かったように感じます。電子書籍としての iPad の立場は単にたくさんあるアプリケーションのひとつ、でしかないわけですから。

こういった電子化でいろんな人たちが危惧することに「編集者を通さすに本ができるため、粗製濫造がはびこる」といったコメントです。これに関しては今に始まったことではなく、Web が広まった段階ですでにその時代を迎えていました。個人サイトや個人のブログなどはまさしくそれそのものです。 Google はその情報をまとめることの重要性を知り、Web site を「情報」という「本の内容」であるとすると「事後の編集者」になった、とも言えます。 Apple のやっていることは「事前編集」ですね。 iTunes Store に登録するまでに審査があり、その審査を通ったものだけが「流通」をします。審査のプロセスはそれ自体「著者と編集者」のやりとりそのものでしょう。

何にせよこういったデバイスが盛り上がりを見せるのは嬉しいことです。しかし製品を作る/売るだけでなく、出版と言うものの新しいエコシステムを作ることが重要なステップでしょう。 Apple は「iTunes Store + 個々のデバイス/ソフトウェア(iPod, iPhone, iPad, iTunes, etc...)」というシステムを作り上げています。規模の大小は分かりませんが、Amazon は「Amazon + 個々のデバイス/ソフトウェア(Kindle, KindleDX, Kindle for PC, etc...)」。日本の出版界ではどのような新しいシステムを作りあげるのか、現在の「出版社-取次-書店」の構造をどのように変えるのか、が問題でしょうね。


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2010年05月14日

3月のライオン

本屋さんに平積みされていたのは随分前から見ていたのですが、やっと購入して今読んでいます。やはり、気になったものはすぐ手を出すべき、の鉄則どおり、どっぶり浸かってしまっています(^^;

シリアスだけどコミカル、という王道で読者を惹きつけてそして癒して、同年代の人たちには生きていくうえでの共感と教訓を、かつてこの世代だった人たちに対しては、今の自分はかつてその時代を生きてきた当事者であり、その共感と教訓の時間を終えた今その時代をどう振り返るか、まだ果たしきれなかったことがあるのであればそのことを思い出したその瞬間からどのように日々をおくるべきか、などを考えさせてくれるマンガです。

ふと思ったことに、この「3月のライオン」は将棋を題材としたマンガですが、囲碁を題材としたマンガに「ヒカルの碁」があります。両者に共通して出てくる舞台として「研究会」があります。「ヒカルの碁」を読んでいたときには想像しなかったことですが、今現在「研究会」という仕組みについて考えた場合、将棋や囲碁の棋士たちはこういった「研究会」を持って技術の向上を図っている仕組みに対し、自分は(もしくは自分の所属するチームは)こういった仕組みを持っていないな、ということに愕然としました。棋譜並べは一人でもできる、というのは、他人の書いたコードは一人でも読める、と同義とも言えます。実線練習や検討といったことを自分及び自分の周りでは全くやっていないな、と思わされました。

この辺は今の仕事を進める上で重要なヒントのような気がします。


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2010年03月22日

ポアンカレ予想の証明、認定へ

国営ロシア通信によると、米クレイ数学研究所は、数学上の未解決問題だった「ポアンカレ予想」をロシア人数学者、グリゴリー・ペレリマン氏(43)が証明したと認定した。

クレイ研究所の方でも認定になったようです。

1 年くらい前にポアンカレ予想の本は読んでいましたが、タイミングがなくてエントリは書いてませんでした。

ペレルマンも魅力的ですが、この予想を作ったポアンカレも非常に魅力的な人物です。

どの本に書かれていたか忘れてしまいましたが、現代のように数学が多方面に分岐・発展する直前の、それまでの数学をすべて理解することができていたはこの世代の人たち(ポアンカレヒルベルト)までのようで、ヒルベルトの弟子に位置し、20 世紀最高の頭脳の一人といわれるジョン・フォン・ノイマンもその後の世代の人になります。


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リーマン予想

こちらのブログ「新・加納裕のBLOGです」の無限級数に関するエントリ[1][2][3][4]を読んでいて興味を持ち、ちょうど休みだったこともあって買って読んでみました。無限級数に関しては大学数学のテスト以降は殆ど使っておらず、このゼータ関数に関しても名前を聞いたことがあるかないかくらいの認識でした。

本の内容としては数式はあまり出さず、言葉による説明と必要最小限の数式によってリーマン予想とは何か、現在までにこの予想を解明するためにどのようなアプローチがとられてきたか、が説明されています。その説明自体は難解ではありませんが(詳しい説明はしないので)、その数が多いことと説明されるそれぞれがどのような関係性で繋がっているかを把握しようとすると、突然数学の海の中に放り込まれます。これは言葉だけではなく図を使った説明があるといいですね(難しいとは思いますが)。

そんなわけで wikipedia とにらめっこで言葉だけでも列挙、と思ってたのですがとても短期間では無理そうです。。とりあえずは簡単に基本だけ。

さて、リンク元のエントリの無限級数の話題は NHK スペシャルが元だったようです。これですね。

それで何個かブログをまわって調べてみたところ、この 50 分の番組とは別に BS Hi で 90 分の拡大版もあったようです。

賛否両論と言ったところのようですね。


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2010年03月14日

砂の女

第四間氷期に引き続き、阿部公房です。

  • 己のやりたいことを出来ているうちはいいが、知らず知らず望まないことを外圧により強制される。真綿の圧力もあれば理不尽の強制もある。
  • その圧力に比例する形での反発もあれば、その力に絡め取られてしまうこともある。
  • 砂は風の力によってその形を変え、実体としての個は1/8m.m.としてそこにあるが総体としての永続はそこに存在しない。変化することがその存在そのものと言える。
  • 視点/立場を変えると、仏教の色砂で描く砂曼荼羅の修行に通じるかもしれない (完成した曼荼羅はその瞬間に砂へと戻される)。

1 回目に読んでみたときには特に感想がなく、普通の小説だなぁという風にしか思いませんでした。上記は 2 回目の読後感です。これもまた、他の作品を読んだ後に思いかえすためのリファレンスとして。


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2010年02月24日

第四間氷期

タイムマシンものはひとまずおいておき阿部公房を読んでいます。最初は友人に進められた『第四間氷期』です。意外なことにタイムマシンと関連して思考することもできました。今回はまとめというよりも読んでいたときのメモを備忘録的に。

  • モスクワ1号 共産主義を意味する?計画経済を想定?
  • 見られる側 トゥルーマンショウ サトラレ
  • 当を得る 的を射る (ちゃんと使い分け)
  • 機械のことを知っちゃっている、条件が純粋じゃない 量子状態がコヒーレントでない?
  • 掻爬そうは 前腎ぜんじん 鰓裂さいれつ
  • p210 知るという言葉の正しい意味 : 一面は正しい。混沌と秩序は紙一重。カオス理論、アトラクター。
  • p259 質的現実と量的現実とは?仮定的現実(理想空間、デカルト座標系、ニュートン的理想空間)と実際の物理的現実?いや、仮定を含んだ可能性としての量、か?
    もう一度質的現実に綜合とは?現実空間へのフィードバック?
  • 時間と確率の等価性。未来を知ることと確率として占うことは同値でないか?
  • セネデスムス クロレラの一種
  • がえんじる(肯じる)
  • ニュータイプとオールドタイプ 地上という重力、常識という重力

読み出し冒頭に想像した展開とは全く別の方向に話しが進む小説でした。しかし面白かったですね。今まで阿部公房を読んだことがなかったのが勿体無いと感じることができた作品でした。上はメモ一覧で最後の方ではガンダムしか浮かばなくなっていました(笑)

もう少しいろいろと考えてみてまとまったら次のエントリをしようと思ってます(既に『砂の女』を読み始めてしまっていますが・・・)。


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2010年02月06日

マイナス・ゼロ

これはもう、ただただ素晴らしい!何個かタイムマシンモノを読んできましたが、それでもこれは素晴らしいの一言。久しぶりに「どうしてもっと早いうちに読まなかったんだろう」という気持ちが沸いてくる作品です。小中学生の頃に『大江戸神仙伝』、『戦国自衛隊』、『時空の旅人』などを見て「こういう物語は面白いな」と思ったにもかかわらずこれら以外は小説なども読まなかったのが悔やまれます。あの頃もっと調べておけばよかった。

ネタの衝撃的には、初めて『トップをねらえ!』を見たときに通じるものがありました。「こういう方法があったかっ」と素直に感心させられる細工です。自分では決して発想することがないだろうそれに触れるというのは、本当に衝撃を受けますね。非常に感心させられました。

物語の長さ的にも、前に読んだ 『タイムリープ』や『猫の尻尾も借りてきて』 と比べると数倍程度あり、読み応えも自分には丁度いいくらいでした。そして何より、時代設定がいい。物語が執筆されたのが 1965年(昭和40年) からで、その当時を基点として昭和初期が舞台設定となっています。その当時のことはほぼ知らないのですが、小説に描かれる描写が当時の東京を想起させ、しかし人の心というものは現代とも然程変らないんだな、という安心とも懐かしさとも言えるような感情を自分の心の中に持たせてくれます。・・・きっと、そう思いたいこと、が書かれているのでしょう。読みたいことを読んでいるため、安心や面白さを感じずにはいられません。

ちょうど自分の記憶をたどっているような。夏目漱石の『夢十夜

運慶が仁王像を彫っている。その姿を見ていた自分は、隣の男が「運慶は、木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ」と言っているのを聞いた。
が、いい例としてあげられます。自分の記憶にはこの『マイナス・ゼロ』が納まる領域が既にあり、いやむしろ本を読むことによって既にあった記憶を掘り出しているという感覚が近い。既視感とも言ってしまえるでしょう。

さてこのカテゴリの読書は続き、次に控えているのはハインラインの『夏への扉』です。幸いなことに、というよりもむしろ狙ったかのようにハヤカワ文庫からは新しく新書版で 2010/01/22 に刊行がなされています。巻末の解説で言及のあった『時の門』とあわせて読む予定です。


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2010年01月27日

シュタインズ・ゲート 公式資料集

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ついに予約が開始になりました!シュタインズ・ゲート 公式資料集。発売日はちょっと遠くて 2010/2/26 です。このゲームのおかげでタイムマシンに興味は持つわ、タイムトラベルモノの小説は読むわ、で日々大変です。今はやっと『マイナス・ゼロ』にたどり着きました。

さてこの公式資料集、どういった内容になるのか。値段が値段ですし、出版社のサイトを見ると A4 で 128 ページとのこと。内容の詳細の更新が待ち遠しいですね。


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2010年01月16日

タイムパラドックス/マシン/トラベルもの (2)

時間跳躍ものです。こちらのサイトで紹介されている作品を少しずつ読んでいます。

現在までに読んだ作品は、『タイムリープ』と『猫の尻尾も借りてきて』。

この『猫の尻尾も借りてきて』の方は現在絶版になっており、いろんな古本サイトで探したのですが全く見つかりません。そのため国会図書館まで行って読んできました。

以下、ネタバレがあるかもしれません(前のエントリで書きましたがこういったカテゴライズ自体、既にネタバレを含んでるんですよね)。

どちらも日常生活の延長線上での時間跳躍を扱った作品で、ものすごいハード SF といったスタンスではありません。そういった意味では『バックトゥザフューチャー』なんかも日常生活の延長線上ですね。どうもタイムマシンという単語を聞くと SF の方に意識が向かってしまいます。

さてこれらの作品ですが、分類としてはラノベなのでしょう。『タイムリープ』もそうだったのですが、『猫の尻尾も借りてきて』は会館中に読みきれるかな?と思って出かけ、しかしサクっと読み終わってしまいました(国会図書館は貸し出しをしない)。

これらの作品を読もうと思ったきっかけは『シュタインズゲート』で、意識的にこういった作品を期待して読み始めました。が、やはり『シュタイズゲート』は特殊なんでしょうね。『タイムリープ』も『猫の尻尾も借りてきて』も小説としてとても面白く読めましたが、何か満たされない思いが残りました。時間跳躍モノに慣れてきてしまった、という自分自身の変化があったのかもしれません。

または小説とゲームという「場」の違い。作品に向き合っている「時間」の違い。「場」という意味では小説は一方的に読むばかりですが、ゲームでは自分から物語りに介入することができます。自分の選択が物語の方向を決めてしまいます。また「時間」という意味では、先ほど「サクっと読み終わってしまった」と書いたように小説は数時間、しかしゲームの方は 30 時間を越えて接していました。

時間跳躍モノの楽しさはそれとなく事前にネタが仕込まれており、それが物語が進むにしたがって明らかになっていく過程、であると思います。これはこういうことだったんだろう、ああいうことだったんだろう、という推理小説に近い感じですね。そしれそれらの謎が回収された後の、物語としての面白さ。

とりとめもありませんが次に『マイナス・ゼロ』が控えていますので、またそれを読んでみて変化があるか感じてみたいと思います。


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2010年01月08日

タイムパラドックス/マシン/トラベルもの

シュタインズゲートからの流れで非常にこの分野に興味がわいています。しかし物語を楽しむことに関して、ネタがタイム*ものである場合にはそれをどこまで情報開示しておくかは非常に難しいところですね。

例えば、「タイムパラドックス/マシン/トラベルものでオススメの作品はありますか?」という質問があった場合、それに対して答えられる作品は絶対にタイム*ものになります。しかし作品中、序盤ではそのことが語られず物語が進むにしたがって次第に時間に関連した物語であることが分かる場合などでは、前提情報はなるべく排除されていた方が面白いと感じるはずです。最初から時間ものであるということを知っていた場合その先入観によって思考が強制されますし、ネタの方向性が事前にわかってしまうのでは面白くありません。

幸いにしてシュタインズゲートは作品紹介及び物語の冒頭から「電話レンジ(仮)」というものが重要なキーアイテムとなっており、それがヒキのひとつにもなっています。事前にこのように情報が開示されている作品はいいのですが(「Back To The Future」などもこれに入りますね)、例えば「○の○○」といった映画など、結果として時間が重大にオチにかかわって来る作品などは質問者に回答したくはなりますが、ネタがネタだけに教えることを躊躇します。

この辺、うまく説明/回答するいい方法ってないですかね?ものすごいジレンマです。


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2009年10月08日

ローゼンメイデン

ヤンジャン版の連載中のコミックを買ってしまったのをきっかけに、今更はまっています。読み終わってから即行、コミックバーズ版の Rozen Maiden も購入してしまいました。これは面白い、どはまりですね。

2006 年のワンフェスでローゼンピンキーを見てはいたのですが、
P8200046.JPGP8200048.JPG
あまりよく知らなかったので、その場では即購入には至りませんでした。すぐに原作を見ておけばよかった。。意外とこういうことは多いので、気になったものは少しでも早く確認しておくことが重要ですね。


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2009年09月21日

文學ト云フ事

妄想姉妹 〜文學という名のもとに〜」の絡みで「文學ト云フ事」を検索してみたら YouTube に意外とアップロードされているじゃなですか!

第一回だけリンクしますが Wikipedia によると全部で 22 話分あるようです。なつかしい。。そうそうこれ、予告編の映像を作って流す番組だったんですよね。最後の決め台詞は「さぁ、解禁です」だったと思いました。映像を見た後でやっとその本を読むことが解禁になるという。

理系に進んでしまってからあまり本も読まなくなりましたが(進む前もあまり読んでなかったかも(汗))、本好きな人と話をすると何故昔いろいろと読まなかったかなぁ、という思いに駆られます。今からでも遅くは無いんでしょうけどね。


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2009年09月20日

妄想姉妹 〜文學という名のもとに〜

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古い洋館に住む美しき3姉妹。
亡き父を思い偲ぶかのように過ごす彼女らのもとにある日手紙が届く。
それは20年前に謎の死を遂げた亡き父からの手紙であった!
その内容は、「20年後の娘たちへ。これが私の秘密。私の愛」と。
そして、その手紙には、鍵が入っていた。その鍵は、書斎の金庫を開ける鍵だった。
その中には、11冊の本が。彼女達は、1冊ずつ読んでいくことを約束しあう。
自分の名前を同じ登場人物に重ね合わせながら繰り広げられる「妄想」の世界。
父親が遺したこの本にこそ、それぞれの母親の謎を解き明かし、
自分の母親が一番、父親に愛されていたことを証明する真実が込められていると信じて。

紺野まひるさんを検索していて、ふと、このドラマの情報を見つけました。文学絡みの深夜放送としてはかつて CX で深夜に放送されていた「文學ト云フ事」を思い出します。このドラマを見つけて 1 ヶ月くらい、まとまった時間が取れず見られずじまいだったのですが、この連休を使って全話視聴することができました。

第一話与謝野晶子みだれ髪
第二話夏目漱石虞美人草
第三話堀辰雄風立ちぬ
第四話泉鏡花外科室
第五話高村光太郎智恵子抄
第六話坂口安吾白痴
第七話江戸川乱歩お勢登場
第八話太宰治女生徒
第九話樋口一葉にごりえ
第十話芥川龍之介藪の中
第十一話夢野久作
市川草太郎
瓶詰地獄
「白女」

文学を扱ったドラマであるため、非常に凝った構成になっています。各話それぞれ異なった文学作品が紹介され、それが背景にある大きな物語をあらわすパーツとして扱われています。

最近、本をとてもよく読んでいる知人が紹介してくれた作品に夢野久作の「瓶詰地獄」あり、このドラマの最終話で扱われる作品も「瓶詰地獄」であったことから、非常に興味をそそられるドラマともなりました。

先入観無く第一話から観始めましたが、読んだことのある作品はほんの数話分だけでした(^^; やはり自分はあまり本を読んでいなかったんだ、と感じさせられた瞬間です。その知人はほぼ読んだことがあるんだろうな、とも。物語上、三女の市川節子がその物語のさわりを簡単に語ってくれますが、こういう物語の進め方が自分は好きなんだろうな、と再認識しましたね。うる星やつらのしのぶの語り部的な役回りです。

序盤は単に深夜放送というコンテキストで続いていくのかと思わせておきながら、中盤~終盤にかけてはミステリー的な要素もあいまって、最終話においては「こう来るか!」という見事な作品に昇華されています。こう持っていこうと考えておきながら時間帯のコンテキストを忘れないのはさすが、というところでしょうね。

登場する女優は、長女:市川晶子に吉瀬美智子さん、次女:市川藤尾に紺野まひるさん、三女:市川節子に高橋真唯さんです。高橋真唯さんはアミューズなんですね。クロサギにも出ていたようで、意外と見ていそうです。このドラマで要チェックになりました。


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2009年08月05日

本田宗一郎 夢を力に

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本のエントリを書くのは久しぶりです。いろいろと買って読んではいたのですが、なかなか書くタイミングがつかめずにそのまま読んで放置になっている本がたくさんあります。しかしこの「本田宗一郎 夢を力に」は、読み始めから無理でした。エントリをおこさずにはいられないくらいはまってしまっています。

まだ 10 ページくらいにも満たないのですが、系統的には岡野本と同じ雰囲気を感じます。技術者の本だ、というそれです。理系の特に技術系の仕事をしている人にはうってつけな本でしょう。少しへこたれたときや気分が乗っていないときに、ぐいぐいと何かを作りたくなる衝動に駆り立てられる内容です。

この本を知ったきっかけは、どのサイトだったか分かりませんが以下のエントリにリンクがあったことだったと記憶しています。

しかしこのセリフ、どの本の内容なんでしょうか?引用の仕方がよく分かりません。。


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2009年04月28日

正論のつよさ

タイトルを「強さ」にしようか「鋭さ」にしようか迷いました。「鋭さ」にすると「正論としての確度」的なニュアンスが強くなると思い「つよさ」にしました。というわけで「卵と壁」の続きです。

気になっていた「正論原理主義」という言葉ですが、ちょっと自分の想像と異なっていました。コンテキスト的には以下などを参照してください。

私の解釈では「ある方向から見ると正しい理論をその方向からのみ見て声高に叫ぶ。そのコンテキスト上では正論であるから。他の理論が現れてもコンテキストが違うことを認識せず、自分のコンテキスト上の結果(正論)とは違うことのみをあげつらい、排斥をする」、といった感じです。

簡単に言うと、コンテキストの認識の仕方の差が結果に影響を与える、ということになります。立場の差、といってしまってもいいかもしれません。ここで立ち戻りたいのが「卵と壁」です。

この「卵と壁」に対して「正論原理主義」をそれぞれかけた場合には、彼はどのように判断するのでしょうか。

  1. { 卵・正論原理主義 : 壁 }
  2. { 卵 : 壁・正論原理主義 }
です。1 式の方は弱者が正論原理主義を叫ぶ場合で、これは滑稽となるでしょうか。2 式の方は強者が正論原理主義を叫ぶ場合で、これには迷わず卵の側に立つでしょう。この「卵と壁に対して均衡をもたらす X があった場合 { 卵・X = 壁 }、それでも彼は卵の側でしょうね。

最近自分の思う「正論のつよさ」とは、立場がどんなに劣勢でも負けることの無い「つよさ」を考えてしまいます。ズルい強さ、といってもいいかもしれません。「無く子と地頭には勝てぬ」や最近の「エコなんとか」などはズルい強さ、だと思います。女性の涙や非暴力不服従なんかはどうですかね。これらはコンテキストよりな気もします。

そしてもっとも厄介なのが、相手が間違っていると大多数の人が見て分かる状況にもかかわらず相手は振り上げた拳の下ろし場所が無く、こっちは正論であるために譲歩をしづらい場合。この場合のつよさを和らげる方法は、、意外と諺なんかあるんでしょうか?


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2009年03月19日

卵と壁 - 村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ

ニュース番組でちょっと見かけて気なっていたものです。未来のいつか/hyoshiokの日記のこのエントリで文藝春秋に載っていることを知り、つい先日やっと読みました。この本には受賞スピーチの日英文以外にも「僕はなぜエルサレムに行ったのか」というインタビュー記事があります。スピーチ文とスピーチに対するブログ記事だけでなく、このエルサレム賞を受賞する(辞退しない)に至った彼の考え方と、なぜ今回のこの行為がこれだけ話題になったのかというコンテキストを理解するためにも、このインタビュー記事もあわせて読むことをおすすめします。

さて、私は最初にスポットニュースでこの話題を知りました。最初のそれは「あえて発言をするために授賞式に行くとは剛毅な人だなぁ」という思いと、(村上作品は「ノルウェイの森」が話題になったときに読もうと思ってモノの数ページで挫折したな・・・その後だいぶ時間をおいてからまた何か読んでみようと思って傑作だという話をどこかで耳にした「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んでみたけどやっぱ合わなかった・・・けど「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」は違和感無く読めたよな・・・あ、でも彼の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は読んでないか)、という関連記憶がよみがえってきました。

そんな心象状態で文芸春秋のインタビュー記事からまず読み始めました。読んでいくうちに、彼のコンテキストには昔からこの「卵と壁」という対立構造があるのか、と「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の内容を思い出すことになります。そういった観点で考えるとこの小説もまた違った面白さを読み取れるものなのか、と妙に納得するのと同時に、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」や「モモ」を思いました。これらに共通するのが「システム」です。

もっと簡単な例だと「十戒石版」ですかね。これは「卵」から「壁」になる面白い話しだと思います。自称「卵」が、いつのまにか周りからは「壁」になっている、という見方は誰にでも適用でき、それはきっと村上春樹さんに対しても成り立ちます。

(正論原理主義とかまで全然いけなそうなんで、また続き(?)で)


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2008年02月25日

最近買った本

忙しさにかまけて更新もしないしドラマも全然消化できていない・・・あ、ドラマは「篤姫」だけは見てます。島津斉彬に関してもこうやって見ることができて非常に満足しています。篤姫の逸話は何個かは知っていますので最後まで楽しみです。多分、司馬さんの小説からの記憶だと思います。NHK はこのまま幕末大河から「坂の上の雲」に流れて行こうって戦略なんでしょう。坂の上はかなり心配ですが。。

さて、最近買った本を何個か。

ISBN4102159711.jpgフェルマーの最終定理
サイモン・シン (著)

この本の前に放浪の天才数学者エルデシュを読んでいたのですがそれがあまりにもあまりにもだったので、反動というか何というか。まだ「序」を読んでいるだけですが文体は非常に読みやすいですね。
ISBN410215972X.jpg暗号解読 上巻
サイモン・シン (著)

こっちは衝動買いというか関連買いというか。同一の著者なのでまとめて買ってしまいました。本屋では単行本はよく見かけていたので、文庫があるのを知ってのまとめ買いです。
ISBN4102159738.jpg暗号解読 下巻
サイモン・シン (著)

同、下巻です。

Book off 等で探していたんですが見つからず、結局オンラインで購入しています。本って何でこう値引きされないんですかねぇ。。


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2008年02月19日

『洪庵のたいまつ』『21世紀に生きる君たちへ』

随分以前、RD にキーワード登録しておいた司馬遼太郎の検索にかかった番組で紹介されていた『洪庵のたいまつ』と『21世紀に生きる君たちへ』の文章を見つけることができました。一度読んでみたいと思っていて出版物を探していたのですが見つからず、小学校の先生をしている友人にもきいてみたのですがなしつぶてで、本当にふと思い立っての検索でした。

以前、『花神』を読んでいたのもこの番組からの流れといえば流れになります。

件の番組では『洪庵のたいまつ』は 5 年生向け、『21世紀に生きる君たちへ』は 6 年生向けの教科書に載っていたと記憶しています。内容を読んでみると、『洪庵のたいまつ』は具体的な人物を取り上げ、『21世紀に生きる君たちへ』は抽象的な事象を取り上げているという点で、年代別の差別化が行われているんだろうなという第一印象を受けました。

この文章を教材として授業を展開された先生と、司馬遼太郎さんとで交わされた書簡などで構成された本があるそうです。

ちょっと更新が滞っている今の自分にも、きっと最適な一冊な気がしますね。。こんなときには岡野本か司馬本が確かにいい気がします。


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2008年02月13日

くらしのいずみ

久しぶりに谷川史子さんの単行本を買いました。もう本当に何年ぶりか。表紙を見た瞬間に「目が合った」ってやつですね。吸い寄せられるように手にとって見ると、やはり谷川さんでした。

谷川さんのマンガをはじめて読んだのは何の誌面だったかなぁ、と思い出してみると、多分りぼんだと思います。Wiki のリストで考えると「君と僕の街で」あたり。当時は 16 色でドット絵とかも描いてた気がしますが、HDD を探せば出てくるかも・・・というか Towns は起動するのか?? VMware 環境が揃ったんで当時の Linux の環境の移行もしてはおきたいところです。CMOS はクリアされているんでしょうが(笑)

お話自体は青年誌に掲載されていたということで、すべてが結婚に絡んだものになっています。この辺はあとがきを参照のこと。そしてどの話からも変わらない谷川さんの物語を感じることができます。絵柄も記憶にある限り、当時のままですね。懐かしい同級生にあった感覚に近いです。


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2008年01月07日

アルケミスト

  • アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫)
    パウロ コエーリョ 著
    山川 紘矢, 山川 亜希子 翻訳

読み終わった瞬間に感じたことは、自分の本の読み方と友達のそれとの違いです。自分の場合は「これをしたらいけない、あれをしたらいけない」といったマイナス方向の指標としてそれを読むのに対し、友達は「これをしたらいい、あれをしたらいい」といったプラスの部分を読み出します。

そしてもうひとつが自分の場合には「この部分はあの本と似ている、あの部分はその本で言及されているよね」といった相関を必ず考えてしまうのに対し、友達はその点に関しては何も言いません。注目しているのは、常に読んだこの本、に関してだけです。

この休みは「自分の話はよく飛ぶ」ということを再認識させる期間でした。起承転結を例に取れは、起転転転・・・といったところです。よくよく見てみればそれらの「転」は関連のあるものたちなのですが、「結」の説明が無いために独立した話が延々と飛んでいきます。スタックが破壊された実行コードのように。

ここで書いた「山月記」にしても、まさしく飲んだときの自分は虎だなぁ、と思い至ります。

酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)
山月記 中島敦

と書かれている部分に初めて戦慄を覚えました。

アルケミストで語られる内容で、重要な要素として「前兆」があります。自分はこの本を読むための前兆にしたがって、きっと山月記を思い出し、そしてアルケミストにたどりつく話を導いたのだと思います。今日この本を読めたことをきっと忘れないでしょう。


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2007年10月04日

スカイ・クロラ (2)

読み終わりました。むーん、何か竜頭蛇尾って感じでちょっと期待が勝ち過ぎていたな、と思います。何が期待と違ったかというと、この文章の量ですね。あまりにも淡々としし過ぎており、ひっかかりもなくスルっと終ってしまったという感覚です。

簡単にいうと、この物語に登場する人物には葛藤が感じられない、というところでしょうか。実際、そういった内容なんですが、葛藤がない分、淡々と過ぎる日常だけが描かれており、それに文章の量が少ないことが相まって、この小説で切り取られた時間の中だけでの物語に終始してしまっている。それ以前やそれ以降もあるんでしょうが、それに対して理由があっても無くても別に関係ない、というか。

この小説の主人公であるパイロットの僕は、ひとつの処理系でしかないんですよね。まわりの状況に応じてそれを入力として葛藤の無い自分の中で処理を行い、それを出力する。処理系は決まったことだけをやっていればいいのでそこには理由が存在しません。完全性定理でいうところの方法の完全性というか。

こうやって自分の読み終わった瞬間の感想を書き留めておき、さて、まわりの人の感想を読みに出かけることにします。・・・ただ問題なのが、これってシリーズものなんですよね。あえて人の感想や論評などを読まなかったのに、シリーズモノであるが故の言及まで読んじゃいそうで。難しいところです。


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2007年09月28日

スカイ・クロラ

押井守監督で映画化という話を知ってから 3 ヶ月。やっと読み始めましたが、やばい。サリンジャー、テグジュペリ、太宰、この辺が好きな人にはたまらない感じです。かなりやばい。

まだ途中までしか読んでいませんが久しぶりに自分の中の若さ(子ども?)を刺激させられる小説です。通勤電車の時間が短い分、ちびりちびり読めるのが楽しいです。季節も都合よく秋らしくなってきましたし、最近の気温はこの小説にうってつけです。


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2007年07月21日

白洲次郎

ちょっと前に書いていたものです。時期を失ってしまったのですが、備忘録的に。。

今回は最近読んだ本として プリンシプルのない日本です。白洲次郎本としては 風の男 白洲次郎という青柳恵介さんの本があり、これは以前一読していました。そこで更に興味を持ちこの本に来たのですが、う~ん、噂に違わず苦言がとても多く、耳に痛い文章です。

白洲次郎の文章を読んでいて気になる言葉は(プリンシプルはおいておくとして)自己陶酔という言葉です。本の内容の検索は難しいのですが、青空文庫などになっている場合、この自己陶酔という単語を中心に読んでみるのも面白いと思います。細かい読みどころなど、気がついた点に関してはまた今度に。

この文章は 4 月に書いていたのですが、今読んでみると「自己陶酔」って?という感じでした。で、検索してみると・・・なるほど、思い出しました。やっぱこういうことは書きとめておかないとダメですね。自分のエントリに白洲次郎は結構書いていた気がしていましたが、そんな気がしていただけでしたし(^^;


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2007年07月18日

Pen [No.203, 2007] 宇宙へ

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ほとんどジャケ買い的な感じで購入しました(トップなのでそのうちリンクはズレます。バックナンバーにおいてくれるといいのに)。

Pen っぽいデザインを期待していましたが、パラパラっとみた感じは「なんか Pen っぽくないな」という感想です。実物の写真が多いからですかね。ちょっと現実離れしたデザインを楽しむ、って感じでこの雑誌を買っているんで、その面では少し物足りなく感じます。記事は、まだ読んでないのでおもしろい内容が合ったらまた取り上げようと思います。

表紙の写真は「広告批評」を思わせますね。カメラマン一緒なのかな?と思って検索してみましたが、違ったようです。この辺のデザインの方法論って統一されてそうな気がしますね。


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2007年06月20日

花神 (2)

花神を読もうと思ったきっかけは 2 つあります。1 つは大村益次郎に感心があったこと、もう 1 つは大抵の幕末の物語は竜馬の暗殺までを描いているものが多く、また明治期の物語はその治世の開始からのものが多く、大政奉還後から戊辰戦争の終結までを官軍の視点で描いた物語をなかなか見つけられなかったことによります。

花神は、今回買うだいぶ前から知ってはいました。古本で買おうとずっと思っていたのですが見つからず、結局通常の店舗で定価で買ってしました。本を定価で買うのってなんだか久しぶりです(週刊誌や雑誌を除いて)。改めて思いますが、本って高いですね。今回買ったのは文庫本なのですが、紙の質を落としていいので安くしてもらいたいものです。洋書並みの質で全然いいですよ(、といって洋書は紙の質が悪いのに高いですが・・・)。


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2007年06月19日

花神

土曜日から読み始めています。大村益次郎を描いた小説です。上巻中巻を読み終わって現在下巻を読み中です。また読み終わってまとめられたらまとめようと思っています。


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2007年05月31日

ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環

ヒルベルトの次に読み始めました、しかし、、、とても終る気がしません。副読本のようなものが欲しくなりますね。ウゴウゴルーガの「あさのぶんがく」のような感じでまとめてあると非常に助かるんですが(^^;

本は大抵、朝晩の電車の中だけでしか読まないので本の重さも結構問題です。何とか考えないと。。。


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2007年05月29日

ヒルベルト ─現代数学の巨峰─

読み終わりました。ヒルベルトの生涯や関わってきた人びと、時代、仕事などに目を向けるのに非常に有益な本です。登場人物には歴史上の数学者や物理学者が多く、知っている人に関しては名前がわかるのですがそれ程知らない人に関してはやはり混乱してしまいますね。ちょっとした系譜があるといいな、と思いました。

不完全性定理でも言及されていましたが、この本を読んでみると改めてゲッティンゲン大学の層の厚さと言うか何と言うか、ある一時代の数学の中心はここだったということがこれでもかというほど伝わってきます。戦後は(戦中からですが)全てアメリカに行ってしまいましたね。

さてこの本を読んで改めて気が付いたことに、自分の中の論理に対する信頼性はかなり強いのかな、というのがあります。これは日々プログラムに触れているため論理的(形式主義的?)な思考をしなければならないのは当然なのですが、それがあまりに直観を排斥しているかも、と思ったからです(勿論プログラムなんかは有限の状態の変遷でしかないので無限は対象ではありませんが)。直観に関してはクロネッカーやブローエルらの感情的ともとれる論争が思い起こされ、それが感情的な問題に思えてきます。

私の場合、極力感情を排してものを考えようと思っていたのですが、最近それはまた違うかな、と思い返してきています。感情的な人と話しをするときに論理を持ち出すのはあまり得策ではない、と思い始めているからかもしれません。ま、これは TPO の問題なんですけどね。


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2007年05月10日

最近買った本

ISBN4480089888.jpg不完全性定理―数学的体系のあゆみ
野崎 昭弘
ISBN:4480089888
これは読み終わりました。これの参考文献になっていたせいもあって、以下の 2 冊を購入しています。内容的には、超数学の副読本のような感じですね。入門にはいい感じだと思いましたが、文系向けの本ですね。
Hilbert.jpgヒルベルト ─現代数学の巨峰─
C.リード著
彌永健一訳
これは今読み中です。ヒルベルトの伝記的な本らしいのですが、だいぶ薦められていたので読んでいます。
ISBN4826900252.jpgゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環
ダグラス・R・ホフスタッター 著
野崎 昭弘 訳
はやし はじめ 訳
柳瀬 尚紀 訳
ISBN:4826900252
これ、かなり厚いので読みきれるかどうか謎です・・・。


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2007年05月06日

星の王子さま展

連休最後の今日、行って来ました。展示規模としては大体予測していたくらいで、それ程大きいものではありませんでした。銀座につくまでにもう一度「星の王子さま」を読もうと電車に乗ってから読み始めたのですが、残念ながらトルコの天文学者の話しまでしか読めませんでした(笑) 私の持っている本は、岩波書店の星の王子さま―オリジナル版で、30/135 ページ分だけ読めたことになります。

星の王子さまに関しては、今まで人からの意見や解釈を特に聞いたことが無かったため、この星の王子さま展に飾られているいろんなパネルに書かれている解釈や説明文を非常に興味深く読みました。特に王子さまが訪れる 6 つの星の人びと、王さま、うぬぼれ屋、呑み助、事業屋、点灯夫、地理学者、のことをそれぞれ、傲慢、虚栄、堕落、功利、歯車、象牙の塔と揶揄されているという部分、とくに象牙の塔って何?って感じでした。調べてみると・・・、

ふーむ、結構有名な言葉みたいです。特にはてしない物語にも描かれていたとは衝撃的でした。どこだっけ?と思い出してみて、幼ごころの君の住む城かな?と思って検索すると・・・、どうもそのようです。これはなんだか意味が違う気がしますが。。。

その他、サン=テグジュペリの書いた手紙やイラストの展示などもあり、部分的ですが宮崎あおいちゃんの出演したミュージカルの数カットも映像として流されていました。この DVD がちょっと欲しかったのですが、GW 中の旅行でだいぶ散在してしまい、とても買えるだけの現金がありませんでした(←大人の財布の中身としてどうかと思う)。その代わり、関連本を 2 冊ほど買いました。星の王子さまの本とこの展示会の本で、星の王子さま展という本です。

私がこの物語の中で一番好きなのはキツネとの対話の部分で、それはこのエントリーに書いてあります。購入した本を読んでみると自分が全く意識していなかった箇所が大きく取り上げられていたり、気付いていなかった部分があったり、人それぞれの感じ方、楽しみ方ってやっぱ結構違うな、という感想を持ちました。本を読んでいる人と話しをするときの面白さを味わった気がします。

この展示会は 5/7(月) まで開催されているので、興味のある方は最終日が明日ですが、是非行ってみてください。


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2007年02月13日

ちくま学芸文庫

ちくま学芸文庫 Math&Science というシリーズが 1 年前から始まっていたそうです。プラテネスの 4 巻を買いに行ったときにディスプレーされていて、ふと立ち止まってみてしまいました。結構面白そうな本がいろいろとあって、買いたくもなったのですが値段を見てびっくり。平気で千円近くしますし、ブルバキ数学史 下 なんて 1470 円します。上下巻で 2835 円ですよ。文庫じゃないでしょ、この価格。

といっても、本の中に数式が一個出るだけで売れる数は 1/10 になると言われているようですし、理系本って高くなるのはしょうがないんですよね。この辺、何とかならないものでしょうかね。。。


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2007年02月12日

栄光なき天才たち

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プラテネスの影響で久しぶりに読みたくなったマンガです。近所の古本屋には無かったんで、数年ぶりにちょっと遠めのブックセンターいとうまで行ってきました。そこは記憶とは全く変わっていて「店舗移転でもしたのかな?」という雰囲気でした。しかし久しぶりに行く大きめの古本屋っていいものですね。午前中に行ってたらきっと一日中そこでいろんな本を発掘していただろうな、と思います。

目的のものは無事に見つかり、読み返してみると記憶に鮮明に残っている部分と全く残っていない部分が対照的でした。特に期待していた一つでもあるゴダードの話しに関して、この本でニューヨークタイムズが昔書いたゴダードの記事に関して謝罪のための社説を載せたという逸話も読んだと思っていたのですが、どうやら違ったようです。これに関してはまた何だったか探さないと・・・。

さて、この第 8 巻「宇宙を夢見た男たち」以外にもう一つ、第 6 巻「理化学研究所 平賀譲 立松和博」も買って来ました。懐かしの「金が無くなったら私は紙と鉛筆だけでも研究を続けるよ」も読めて、ここは記憶鮮明な部分でした(笑)


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2007年02月03日

柳沢発言

所謂「子どもを産む機械」発言です。政治の場では言ってはいけない言葉ですが、文学の分野では結構平気で(?)扱われています。例えばご存知「家畜人ヤプー」ですね。Yahoo も語源を辿れば「ガリヴァ-旅行記」のヤフーに依拠しています。

「家畜人ヤプー」はあまり読むことはオススメしませんが(^^; 時期が時期だけにご興味がある方はどうぞ。


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2006年09月14日

最近読んだ本

ISBN4827202389.jpg 人のやらないことをやれ!
岡野雅行
ISBN:4827202389
いわゆる岡野本です。彼の本を読んだのは3冊目(1冊は松浦元男さんとの対談本)なんですが、大体同じ感じで書かれていますね。サクっと爽快に読める本です。[1][2]
ISBN4314010037.jpg 利己的な遺伝子
リチャード・ドーキンス
ISBN:4314010037
最近、増補新装版が出たんですね。私が読んだのは 1991 年版です。この本では自分の中のダーヴィニズムに対する理解が曖昧だったということを実感しました。そのため前提条件が曖昧なまま発展理論を読んでいるような感じで消化不良気味です。ダーヴィニズムをもうちょっと理解してからもう一度読み直そうと思います。
ISBN4314009071.jpg 暗号化
スティーブン・レビー
ISBN:4314009071
暗号技術入門を読んだときに興味を持って随分前に買った本です。やっと最近読み終わりました。感想はただ一つ「この本は面白い!」です。再び暗号に興味が湧いてきました。暗号技術入門にあった「Diffie-Hellman 鍵交換」のホイットフィールド・ディフィーを中心に、民間の暗号に携わって来た人びとが描かれています。RSA の生い立ちなんかも知ることが出来、「RSA といえども会社的には大変だったんだぁ」と妙に感心してしまいました。


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2006年07月31日

BANANA FISH

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実家からサルベージできた BANANA FISH をこの休みから今日にかけて読み返していました。以前、お~い!竜馬を読み返したときにも感じたことですが、本当に忘れているところは全く覚えていませんね。完全に新作を読むような気持でページをめくっていました。

読み返していて再認識させられたことに、私が BANANA FISH からうけた影響で強いところは、ヘミングウェイに興味を持ったところだな、と思い出しました。BANANA FISH を読まなかったらヘミングウェイは全く読まなかっただろうと思います。ヘミングウェイを知ることによって「ロストジェネレーション」という世代を知り、このこととバブル後の自分達の世代を重ねて「バブル後のロストジェネレーション」と思っていたときがありました。勿論、茶化し(笑)ですが、それが今でも内輪のメーリングリストの名前になっています。

久しぶりに読み返すと、別コミでリアルタイムに読んでいた頃の話は意外と覚えているのですが、単行本のみで読むようになった部分に関しては最終話を除いてほとんど忘れていましたね。サルベージできなかったマンガにぼくの地球を守ってがありますが、もし今後読むことがあってもきっと同じように忘れているんだろうな、と思います。そしてまた、そこからうけた影響を思い出すんだろうな、とも。別コミや花とゆめをまわし読みしていたのを、懐かしく思い出した瞬間でした。


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2006年07月04日

DEATH NOTE Vol.12

DEATHNOTE12.jpg

最終巻である 12 巻の発売日です。ジャンプの連載が完結したときにはいろんな Blog にエントリが書かれ、そのときにはブックマークだけしておいたものを単行本を読み終わった今、読みにまわっています。本当に人気があったマンガだったんだな、と改めて思います。映画にもなるはずですね。

単行本の帯には、TV アニメが 10 月より放送、とあります。久しぶりにアニメを見ようかな、という気分になりました。MONSTER のように最後までクオリティが下がらずに続けて欲しいと思います。

物語はあのような結末を迎えました。私の感想は Vol.8 から完結までは変わっていませんが(そのため、その間のエントリもありません)、最後のキラ教徒(?)の巡礼の風景だけは非常に印象に残りました。この数ページがあったからこそ、読み終えた後に満足な読了感を味わえたのだと思います。

それまでのキラ崇拝者達の風景は、さくらテレビの出目川に代表されるようにわざと醜く見せらることが多く、初期に登場した熱心な信奉者であるミサや終盤に登場する魅上など、弱者であったがためにキラに惹かれた人たちに関しては意図的に無視、もしくはその他大勢の大衆の中に埋没させられたような形で扱われていたと思います。最後の巡礼の風景は、そういったキラにしか救いを見出せなかった人たち、それまでは埋没させられていて描かれなかった人たちが舞台の表に立った風景(というには慎ましやかではありますが)であると感じました。

この辺を宗教的に分類すると、純粋キラ崇拝派とでも呼ぶのでしょうか。もし DEATH NOTE がこういった形で完結するのではなく、ライトが神となった後が描かれる if の世界があったならば、キラ教内部における(その世界はキラ教が唯一の宗教になっているかもしれませんが)宗教闘争を描いて欲しいですね。

・・・この感想は攻殻機動隊のタチコマを使った人工知能のシミュレーションに近い感じかもしれません。現実世界の人間を使ってシミュレーションができるのは、本当に「神」ですね。


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2006年06月10日

評論的なもの

久しぶりに図書館に出かけ「坂の上の雲」の再考、的な本を数冊めくってみていました。再考といっても、「坂の上の雲」という小説に対してあまりにも史書的に扱われ過ぎている風潮に対する再考、という論点ではありましたが。

私が理系だからかもしれませんが、その手の本に関しては単に「感想文」としか感じることができませんでした。論拠が薄い、というところまでもいけず「・・・だから~、だと思う」的な、自分の中の感想や想像でしかないことを根拠にあげている文が多すぎたからです。

なんていうか、文系的な考え方に関しては理系的な人は創造力を膨らませてあげなければいけないんですかね…。それって論評というよりもあんたの感想じゃん、としか受け止めることができないようなものに関して、どうやってまっとうに付き合ったり批判したりできるんでしょう。

元を正せば「司馬史観」的なものがこの原点にありますが、正しい/間違っている、といった論点ではなく、好き/嫌い、で論じれる部分が多いところに文系と理系というものの違いを痛感してしまいました。


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2006年05月27日

坂の上の雲(4)

4 巻ではやっと有名な地名が現れます。

二〇三高地。

残念ながら私は、漠然と「天王山」的な意味あいしか知ってはいませんでした。ヒカルの碁 に興味を持って以降、叔父によく碁を打ってもらうことがあったのですが、重要な局面で手を抜くと「ここが二〇三高地だったのに、退いちゃっちゃダメだ」とよく言われたものです。

 たとえば海軍が献策していたのは、
「二〇三高地を攻めてもらいたい」
 ということであった。この標高二〇三メートルの禿山は、ロシアが旅順半島の山々をことごとくベトンでかためて砲塞化したあとも、ここだけは無防備でのこっていた。そのことは東郷艦隊が洋上から見ていると、よくわかるのである。この山が盲点であることを見つけた最初の人物は、艦隊参謀の秋山真之であった。
「あれを攻めれば簡単ではないか」
 ということよりも、この山が旅順港を見おろすのにちょうどいい位置をもっているということのほうが重大であった。(p25)

しかし二〇三高地攻略の詳細は次巻に持ち越されます。もう既にその章まで読み進んでしまっていますが、ここは壮絶な戦場となります。それは次巻のエントリに譲りましょう。

この巻は、大山巌と児玉源太郎らが日露戦争における陸軍の現地における高等司令部の運営を行うため明治三十七年七月六日、新橋を発つところから始まります。終わりは同年十一月二十六日、旅順への第三回攻撃が行われる朝の記述で終了します。陸軍・海軍の会戦をそれぞれ時間どおり、ときには前後して記述がなされています。

・・・という文章までを 3/28 に書いて、「坂の上の雲」に関してはエントリをまったく書いていませんでした。これは途中、割り込み的に他の本を読んでしまっていたことや、あまりにも「坂の上の雲」を読み進めていてしまい、そしてこの本に熱中するあまりの結果だったと思います。昨日、ちょうど最終巻を読み終わりました。思い出しながら各巻に関して徒然と書きたいと思います。

改めてちょっとずつ読み返し、思い出し、この巻で重要となる箇所をみるとそれは「黄海海戦」になります。ロシアの太平洋艦隊が旅順からウラジオストックへ移動するときにおきた海戦です。この黄海海戦の描写では、日本の艦隊砲に使われている砲弾の説明が行われます。砲弾に使われている火薬を「下瀬火薬」といいます。

 日本の砲弾は、下瀬正允(しもせまさちか)という無名の海軍技師の発明したいわゆる下瀬火薬が詰められている。この当時、世界でこれほど強力な火薬はなかった。その爆発によって生ずる気量は普通の砲火薬二倍半であったが、実際の力はいっそう強猛で、ほとんど三倍半であった。(p57)

この当時の世界の常識からするとこれは不思議な砲弾であり、通常は徹甲弾を用いるのが常識だったそうです。徹甲弾の効果としては艦に穴をあけ、内部において爆破をおこしめて艦を沈めることを目的とするのですが、この当時の日本海軍の考え方は装甲は貫かない代わりに艦上で砲弾を炸裂させ、その付近にある艦上の構造物を無力化させることが狙いだったようです。結果的に敵艦は浮かぶ鉄くずとなります。黄海海戦はこの下瀬火薬を使った砲弾、特に本文中「怪弾」と呼ばれる運命の一弾によって戦局が決まります。その描写は p60 より始まります。

黄海海戦は、結果的には日本に利するかたちに終結をみます。ロシア側の旗艦ツェザレウィッチはその「怪弾」を司令塔付近に受け、ウィトゲフト以下の幕僚がそこにおいて消滅をします。艦隊の頭脳がそこにいおいて存在しなくなり、またその爆発により旗艦は梶を左にきることになります。この爆発の被害は操舵員をも含めており、この操舵員の絶命の瞬間において梶にもたれかかり、左側に倒れるようにして梶をきったようです。この旗艦の動きがロシア艦隊混乱の原因となりました。

しかし日本艦隊はロシア艦隊の一艦もこの海戦では沈めることができませんでした。何が日本に利したかというと、混乱によりロシア艦隊の各艦が分断され、それぞれの艦がそれぞれの判断によって行動をおこしたことです。中立港に逃げ込む艦や旅順港に戻る艦、単身決戦に挑む艦など、意思の統一が図られることがなかったことによります。

「ロシア軍人は決して弱くなかった」 
 と、のちに東郷は語っている。
「むしろ強兵であった。しかし日本に対してやぶれた主な因は、双方の観念のちがいにあるらしい。ロシア人は戦争は人間個々がやるものだとはおもっておらず、陸軍なら軍隊、海軍なら軍艦がするものだとおもっている。このため軍艦がやぶれると、もはや軍人としての自分はつとめはおわったものと思い、それ以上の奮闘をする者は、きわめてまれな例外をのぞいてはない。日本人は、軍隊がやぶれ艦隊が破損しても一兵にいたるまで呼吸のあるうちは闘うという心をもっていた。勝敗は両軍のこの観念の差からわかれたものらしい」
 たしかにそうであった。ロシア軍艦は黄海では一艦も沈まないのに、すでにみずから敗北の姿勢をとった。これが、日本側に幸いした。(p77)
黄海海戦はこの巻の最初、「黄塵」という章で完了し、その後は陸軍側の記述になります。「遼陽」「旅順」「沙河」「旅順総攻撃」です。

日本陸軍は伝統的に砲弾や兵器に対する感覚に鈍感であることの記述から始まります。

 じつをいえば、この遼陽に展開しつつあるロシア軍に対し、日本軍は機敏な攻勢に出るべきであった。が、出ることができなかった。
 砲弾が足りなかったのである。
 海軍は、あまるぐらいの砲弾を準備してこの戦争に入った。
 が、陸軍はそうではなかった。
「そんなには要るまい」
 と、戦いの準備期間中からたかをくくっていた。かれらは近代戦における物量の消耗ということをについての想像力がまったく欠けていた。
 この想像力の欠如は、この時代だけでなくかれらが太平洋戦争の終了によって消滅するまでのあいだ、日本陸軍の体質的欠陥というべきものであった。(p104)
 が、日本陸軍は、
「砲一門につき五十発(一ヶ月単位)でいいだろう」
 という、驚嘆すべき計画をたてた。一日で消費すべき弾量だった。
 このおよそ近代戦についての想像力に欠けた計画をたてたのは、陸軍省の砲兵課長であった。日本人の通弊である専門家畏敬主義もしくは官僚制度のたてまえから、この案に対し、上司は信頼した。次官もその案に習慣的に判を押し、大臣も同様だった。それが正式の陸軍省案になり、それを大本営が鵜のみにした。その結果、ぼう大な血の量がながれたが、官僚制度のふしぎさで、戦後たれひとりそれによる責任をとったものはない。(p106)
 錯誤というようなものではないであろう。日本陸軍は、伝統的体質として技術軽視の傾向があった。敵の技術に対しては勇気と肉弾をもってあたるというのが、その誇りですらあった。これはその創設者の性格と能力によるところが大きいであろう。日本陸軍を創設したのは技術主義者の大村益次郎であった。が、大村は明治二年に死に、そのあと長州奇兵隊あがりの山形有朋がそれを継いだ。山形の保守的性格が、日本陸軍に技術重視の伝統を希薄にしたということはいえるであろう。技術面の二流性は、兵卒の血でおぎなおうとした。(p183)

3 巻のエントリで書いたことは、この陸軍と海軍の官僚制の違いに関してです。陸軍ではこのような官僚主義の横行が日露戦争に挑む前から存在しているのに対し、海軍にはその景色を認めることが出来ません。これは 3 巻のエントリでとりあげたような、薩摩的将帥という気質が陸軍には存在していなかった、といってしまえばそれまでですが、それでも

日本人の通弊である専門家畏敬主義もしくは官僚制度のたてまえから、この案に対し、上司は信頼した。次官もその案に習慣的に判を押し、大臣も同様だった。
にはその風景を(形式上)多少は認めることが出来ます。が、決定的に違うのが責任の所在です。
「それは山本サン、買わねばいけません。だから、予算を流用するのです。むろん、違憲です。しかしもし議会に追及されて許してくれなんだら、ああたと私とふたり二重橋の前まででかけて行って腹を切りましょう。二人が死んで主力艦ができればそれで結構です」

上にたつ者が責任をとるために信頼した部下に自由に行動させる、という前提がまったくなく、ただ形式的な上司であり、専門的なことは専門家に投げる、あがってきたものに関しては監査検証は行わない、という官僚主義に徹底しています。

こういった官僚主義の問題として今日の日本で特に熱い話題となっているのは社会保険庁の年金問題です。

老朽化した国家はこの官僚主義の腐敗によって内部から瓦解が始まります。

 敵よりも大いなる兵力を終結して敵を圧倒撃滅するというのは、古今東西を通じ常勝将軍といわれる者が確立し実行してきた鉄則であった。日本の織田信長も、わかいころの桶狭間の奇襲の場合は例外とし、その後はすべて右の方法である。信長の凄みはそういうことであろう。かれはその生涯における最初のスタートを「寡をもって衆を制する」式の奇襲戦法で切ったくせに、その後一度も自分のその成功を自己模倣しなかったことである。桶狭間奇襲は、百に一つの成功例であるということを、たれよりも実施者の信長自身が知っていたところに、信長という男の偉大さがあった。
 日本軍は、日露戦争の段階では、せっぱつまって立ちあがった桶狭間的状況の戦いであり、児玉の苦心もそこにあり、つねに寡をもって衆をやぶることに腐心した。
 が、その後の日本陸軍の歴代首脳がいかに無能であったかということは、この日露戦争という全体が「桶狭間」的宿命にあった戦いで勝利を得たことを先例としてしまったことである。陸軍の崩壊まで日本陸軍は桶狭間式で終始した。
(中略)
「日露戦争はあの式で勝った」
 というその固定概念が、本来軍事専門家であるべき陸軍の高級軍人のあたまを占めつづけた。織田信長が、自己の成功体験である桶狭間の自己模倣をせず、つねに敵に倍する兵力をあつめ、その補給を十分にするということをしつづけたことをおもえば、日露戦争以後における日本陸軍の首脳というのは、はたして専門家という高度な呼称をあたえていいものかどうかもうたがわしい。そのことは、昭和十四年、ソ満国境でおこなわれた日本の関東軍とソ連軍との限定戦争において立証された。
 この当時の関東軍参謀の能力は、日露戦争における参謀よりも軍事知識は豊富でありながら、作戦能力がはるかに低かったのは、すでに軍組織が官僚化していてしかもその官僚秩序が老化しきっていたからであろう(p256-257)

ちょっと舞台はとび、以下はペテルブルグにおける会議の風景です。

 この宮廷会議は、当時の日本の政治家からみれば、奇妙なものであったろう。
 ほとんどの要人が
 ──艦隊の派遣は、ロシアの破滅になる。
 とおもいながら、たれもそのようには発言しなかった。文官・武官とも、かれらは国家の存亡よりも、自分の官僚としての立場や地位の保全のほうを考慮した。
「敗ける」
 といえば、皇帝の機嫌を損ずるであろう。損ずればかならずやがては左遷された。そのことは、この席にはいないウィッテ(かれはすでにしりぞけられて閑職にあった)が、書いている。
「私もこの種の会議に何度も列席したが、列席者はあらかじめ、その議題についての陛下の御内意を知っているか、推察していた。その御内意に反すまいとした。御内意に反する意見を持っているときは、言うことをさしひかえた」
 老化した官僚秩序のもとでは、すべてこうであった。一九四一年、常識では考えられない対米戦争を開始した当時の日本は皇帝独裁国ではなかったが、しかし官僚秩序が老化しきっている点では、この帝政末期のロシアとかわりはなかった。対米戦をはじめたいという陸軍の強烈な要求、というより恫喝に対して、たれもが保身上、沈黙した。その陸軍内部でも、ほんの小数の冷静な判断力のもちぬしは、ことごとく左遷された。結果は、常軌はずれのもっとも熱狂的な意見が通過してしまい、通過させることによって他の物は身分上の安全を得たことにほっとするのである。(p328-329)

官僚主義、といってしまえば簡単ですが、これは難しい問題です。ここでは軍が取り上げられていますが、現在社会においては一般的な組織に適用できます。政府や官庁、会社などです。

さて、先の宮廷会議においてバルチック艦隊が東征することがきまり、ロジェストウェンスキー(海軍軍令部長兼侍従武官(p229))がその司令長官となります。このロジェストウェンスキーがどの様な人物であったかは、いかに記述で読み取れます。

 バルチック艦隊の司令長官であるロジェストウェンスキー中将は、どちらかといえば日本の陸軍大臣寺内正毅に似ているであろう。
 創造力がなく、創造をしようという頭もなかった。事務家で、事務にやかましく、全能力をあげて物事の整頓につとめ、規律をよろこび、部下の不規律を発見したがる衝動のつよさは異常で、双方とも一軍の将というよりも天性の憲兵であった。さらに双方とも、その身分と位置は他のたれより安泰であった。なぜなら、ロジェストウェンスキーは皇帝ニコライ二世の寵臣であり、寺内正毅は山形有朋を頂点とする長州閥の事務局長的な存在であった。日本にとって幸いだったのは、寺内が陸相という行政者の位置につき、作戦面に出なかったことであった。ロジェストウェンスキーは、対日戦の運命を決すべき大艦隊の司令長官として海上を駛っているのである。(p321-322)

陸戦のほうは旅順の問題が深刻化しています。旅順攻略にあたったのは、私でも名前を知っている乃木将軍です。乃木希典が第三軍の軍司令官になるいきさつは、

 やがて大本営が第三軍をつくることになったとき、軍司令官に補せられたのは、ひとつには長州閥の総帥山形有朋が推薦したからでもあった。ついでながら、第一軍から第四軍、及び鴎緑江軍にいたるまでの軍司令官が、第二軍の奥(福岡県出身)をのぞくほかぜんぶ薩摩人で、長州人がいなかった。薩長両閥人事のバランスをとるために、長州人の乃木を入れることは、この当時の人事感覚からみて安定感があったのだろう。(p24)
からわかり、
 そのかわり、乃木に配する近代戦術の通暁者をもってすればいいということで、薩摩出身の少将伊地知幸介を参謀長にした。(中略)ところがこの伊地知が、結局はおそるべき無能と頑固の人物であったことが乃木を不幸にした。乃木を不幸にするよりも、この第三軍そのものに必要以上の大流血を強いることになり、旅順要塞そのものが、日本人の血を吸い上げる吸血ポンプのようなものになった。(p24-25)
という不幸も孕みます。

乃木希典率いる第三軍は六月二十六日、剣山の堡塁を抜きます。しかしその後、旅順後略は苦戦に苦戦を重ねます。八月二十日前後、第一次総攻撃で日本の死傷者は一万六千、九月十九日(及び十月二十六日)の第二次総攻撃で死傷者四千九百、これに対して要塞側はびくともしません(p190,308,397)。そして第三次総攻撃が十一月二十六日、開始されます(p390)。しかしこの第三次攻撃は敵将であるステッセル将軍は予見しており、防御を怠ってはいません。また東京の大本営でもこの二十六日という周期的な攻撃日に懸念を抱いています。

「わざわざ敵に準備させ、無用に兵を殺すだけのことではないか。いったい乃木や伊地知はどういうつもりで二十六日をえらぶのか」
 ということを総長の元帥山形有朋も、次長の少将長岡外史もおもい、こんどの第三回総攻撃にあたって、この疑問だけのために東京から森邦武中佐を使者として送り、柳樹房の乃木軍司令部を訪ねさせた。これに対し、伊地知参謀長が返答したのは、以外な理由であった。
「その理由は三つある。その一つは火薬の準備のためだ。その導火索は一ヶ月保つ(一ヶ月たつとカゼをひき、効力がうすれる)。だから前回の攻撃から一ヶ月目になるのだ」
 という科学性にとぼしく、しかも戦術配慮皆無の理由がひとつ。
「つぎに、南山を攻撃して突破した日が、二十六日だった。縁起がいい」
 さらにいう。
「三つ目は、二十六という数字は偶数で割りきれる。つまり要塞を割ることができる」
 乃木も横で、大いにうなずいていた。この程度の頭脳が、旅順の近代要塞を攻めているのである。兵も死ぬであろう。(p397-398)

陸軍と海軍、人事の明暗を思わずにはいられません。


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2006年05月21日

昔のマンガ

実家の片づけでサルベージできたマンガをちょっと読んでいました。学生(及びそれ以下の)時代には夢に思っていたことも、現実世界でそれをある程度実現して/されてしまうと、その後はルーチンワークにしかならないんかな、と微妙に凹んでいます。

実際の現実をかつての夢に描いた世界と比べると、それはそれで「夢に敗れた・・・」的にドラマでは劇的にいけるものですが、それでも現在はまだかつて自分が思い描いていた社会とは違う世界にいるな、ということが実感として浮かんできます。

難しいのですが、スポコンマンガ/アニメのようなノリの技術系マンガ/アニメが無い/薄いのって、日本的に微妙なんじゃないかなって気がしました。

今日の日本を支えているのは、資源の無い国なんだから加工貿易・・・とかって昭和な話をしたいわけじゃないんですが、やっぱり自分はクチで儲けるよりそっち系なんだろうなって気はします。


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2006年04月14日

無常という事

「或云、比叡の御社に、いつはりてかんなぎのまねしたるなま女房の、十禅師の御前にて、夜うち深け、人しづまりて後、ていとうていとうと、つづみをうちて、心すましたる声にて、とてもかくても候、なうなうとうたひけり。其心を人にしひ問はれて云、生死無常の有様を思ふに、此世のことはとてもかくても候。なう後世をたすけ給へと申すなり。云々」
 これは、一言芳談抄のなかにある文で、読んだ時、いい文章だと心に残ったのであるが、先日、比叡山に行き、山王権現の辺りの青葉やら石垣やらを眺めて、ぼんやりとうろついていると、突然、この短文が、当時の絵巻物の残欠でも見る様な風に心に浮び、文の節々が、まるで古びた絵の細剄な描線を辿る様に心にしみわたった。(後略)
モオツァルト・無常という事 小林秀雄 ISBN:4101007047

小林秀雄の文学(批評)は、私には到底単純には理解できない部分があります。が、この「無常という事」におけるこの引用から始まる文体、それ自身にはメソッドとしての小林秀雄の方法論を読み解く鍵が多分に隠されていると思っています。

という私は、高校時代の現国でこれを習って以降、その先生が「小林秀雄は苦手だ」といった発言を鵜呑みにして、自分も「苦手だ」というカテゴライズをしてしまったクチです。これは中学生のときに理科の先生が「電気は難しいからな」といってそれ以降、電磁気学が苦手になったのと同じことではあります。どうでもいいことですが:-)

今日も呑みが渋谷であったのですが、電車での帰途、途中で思い出したのがこの小林秀雄の「無常という事」でした。今となってはもうそれが何を意味していたのかを知る術はありませんが、其のときの気持は小林秀雄が「無常という事」を書くきっかけになった気分と同一だろうと思っています。

当時の文学雑誌や同人誌への投稿は、世が世である現代では Blog というツールへかたちをかえて受け継がれているんだな、と妙に今は感心しています。


投稿者 napier : 23:56 | トラックバック


2006年03月12日

ウェブ進化論

ISBN4-480-06285-8_theory_of_web_evolution.jpg

買ったのは 2 週間ほど前だったのですが「坂の上の雲」を読んでたこともあり、棚に置き去りにしてありました。しかし今日の「サンデープロジェクト」でこの本が紹介されたこともあり「いい加減読んでしまわないといけないな」と思い立ち、読みはじめました。読了するまでに 3 時間半ほどかかってしまいましたが、意外とすんなり読めたと思います。

これは著者の梅田さんの文章を「CNET Japan Blog - 梅田望夫・英語で読むITトレンド」や「My Life Between Silicon Valley and Japan」で慣れていたためだろうと思います。しかしこれらの前提知識がない人が読むと、意外とチンプンカンプンなんじゃないかな、と思います。これは前提知識の量にもよりますね。

どこで読んだか忘れてしまいましたが、この「ウェブ進化論」で書かれている内容は全てオンラインで読むことができます(本文をそのまま読める、という意味ではなく、梅田さんの考え方を彼の Blog から読み取ることができる、という意味)。しかし日本の権威に対してそれを説明するにはオフラインで──活字になってるメディアでないと駄目であり、そのためもあってこれは出版される必要があった書籍である、という内容のものです。意外とこの評は的を射ており、本として出版されたことを契機に「サンデープロジェクト」においても『インターネットの「こちら側」と「あちら側」』という、随分前から梅田さんがいってきた内容が田原さんの口をとおして語られることにもなりました。未だに日本においては書籍は立派な権威であり続けています。

しかしこの本を読んではじめて気付かされたことも多く、やはり本というメディアは重要であると思います。Blog を読むということは、勿論 Blog オーナーによって編集されたエントリを読むということですが、本になるということは専門の編集者の意見も反映されているわけです。日々更新される Blog は意外と「読み飛ばし」が発生することもあり、記事に前後の関連性が無い読みきりものにおいては意図的に読み飛ばしたのか偶然読むことができなかったのかにかかわらず、ずっと読まないでいてしまう状態も発生します。本という fixed な状態になってもらえると、「最初から最後まで」という固まった状態が維持されているため安心して読むことができます。そこには編集という作業が強く働いているわけですが、この編集という仕事は web 的にいうと Google などの検索エンジンをとおす、という意味にかさなります。

さて、それはおいておくとして、この本ではじめて気づかされたことに関して。Google が「ベスト・アンド・ブライテスト」主義の技術者集団であることは CNET での Blog を読んでいるときに認識していた Google 像ですが、この本でおもしろかったのが、ロングテール部への注目とそれを実現する技術に関してです。簡単にまとめると、

ネット世界とリアル世界のコスト構造の違いが、ロングテールに関する正反対の常識を生み出している(p111)
という部分になります。これは序章でも語られており、
放っておけば消えて失われていってしまうはずの価値、つまりわずかな金やわずかな時間の断片といった無に近いものを、無限大に限りなく近い対象から、ゼロに限りなく近いコストで集積できたら何が起こるのか。ここに、インターネットの可能性の本質がある。(p20)
と同じことをいっています。Google はそれを実現するための技術を有しており、それは人間が行うわけではなくプログラムが行います。勿論その成果は Google では広告収入にあたるでしょうし、Amazon ではネット通販の利益にあたります。

おもしろいもので、こういった考え方は日本ではマンガやアニメにおいて顕著にみることができます。それはドラゴンボールの元気玉であったり、攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG のクゼの軍資金調達方法であったりなどです。両方とも実現するためには傑出した技術が必要というあたりは、仮想・現実の世界それぞれにおいて共通しています。

さてもう一点、この本で 2 箇所しかない図の 2 個目に関してです。

web_innov01.png
Fig.1 ウェブ進化の方向

この「不特定多数無限大への信頼」の「信頼あり」と「信頼なし」というカテゴライズは、この図が現れる以前に全編において語られていますが、ここで思ったのが暗号の話です。

暗号技術入門に以下の文があります。

暗号アルゴリズムを秘密にしてセキュリティを保とうとする行為は、一般に隠すことによるセキュリティ(security by obscurity) と呼ばれ、危険で、かつ愚かなこととみなされています。(p16)
勿論これは「情報を隠すことによる市場内での優位さ」を対象にしたい部分ですが、公開されている Google の技術 (この本では API と言われている部分) と、公開されていない Google の技術 (Google を Google たらしめている OS やデータベースに関する部分)の線引きが重要であると思います。

企業が利益を生む仕組みを全て公開することはありえませんが(特許ビジネスはまた別方向として)、情報を含めて図をちょっといじると以下の様になるかな、と思います。

web_innov02.png
Fig.2 ちょっといじったもの

ここでの基盤技術と戦略技術というのは、梅田さんの以下のエントリの概念です。

戦略技術というキーワードは残念ながらこのエントリ以降使われていませんが、これからも注目していきたい部分です。

なんというか、考えながら書いていますが、どうも考えが発散方向に進んでしまって結論がでませんね。。


投稿者 napier : 15:48 | トラックバック


2006年03月07日

坂の上の雲(3)

この巻の冒頭、子規がその生涯を閉じます。3 巻の 9 割に子規はあらわれません。しかし時間は間断なく進ませねばならず、司馬さんはこの小説の書き方を「まだ悩んでいる」と記述します。正岡子規のこの小説で果たした役割に関しては全巻を読み終わった後でまた考えてみようと思います。

この巻ではついに日露戦争が開戦を迎えます。内容は陸海における戦闘に関するものが増えるため、必然的にそれを昭和の太平洋戦争史に結びつける部分が散見できます。日露戦争を読むと同時に作者の太平洋戦争史観を読むことができます。

 ついでながら、好古の観察には、昭和期の日本軍人が好んでいった精神力や忠誠心などといった抽象的なことはいっさい語っていない。
 すべて、客観的事実をとらえ、軍隊の物理性のみを論じている。これが、好古だけでなく、明治の日本人の共通性であり、昭和期の日本軍人が、敵国と自国の軍隊の力をはかる上で、秤にもかけられぬ忠誠心や精神力を、最初から日本が絶大であるとして大きな計算要素にしたということと、まるでちがっている。(p133,134)
 たとえていえば、太平洋戦争を指導した日本陸軍の首脳部の戦略戦術思想がそれであろう。戦術の基本である算術性をうしない、世界史上まれにみる哲学性と神秘性を多分にもたせたもので、多分というよりはむしろ、欠如している算術性の代用要素として哲学性を入れた。戦略的基盤や経済的基礎のうらづけのない「必勝の信念」の鼓吹や、「神州不滅」思想の宣伝、それに自殺戦術の賛美とその固定化という信じがたいほどの神秘哲学が、軍服をきた戦争指導者たちの基礎思想のようになってしまっていた。
 この奇妙さについては、この稿の目的ではない。ただ日露戦争当時の政戦略の最高指導者群は、三十数年後のその群れとは種族までちがうかとおもわれるほどに、合理主義的計算思想から一歩も踏みはずしてはいない。これは当時の四十歳以上の日本人の普遍的教養であった朱子学が多少の役割をはたしていたともいえるかもしれない。朱子学は合理主義の立場に立ち、極度に神秘性を排する思考法をもち、それが江戸中期から明治中期までの日本人の知識人の骨髄にまでしみこんでいた。(p196,197)
 戦術の要諦は、手練手管ではない。日本人の古来の好みとして、小部隊をもって奇策縦横、大軍を翻弄撃破するといったところに戦術があるとし、そのような奇功のぬしを名将としてきた。源義経の鵯越(ひよどりごえ)の奇襲や楠木正成の千早城の篭城戦などが日本人ごのみの典型であるだろう。
(中略)
 日本の江戸時代の史学者や庶民が楠木正成や義経を好んだために、その伝統がずっとつづき、昭和時代の軍事指導者までが専門家のくせに右の素人の好みに憑かれ、日本独特のふしぎな軍事思想をつくりあげ、当人たちもそれを信奉し、ついには対米戦をやってのけたが、日露戦争のころの軍事思想はその後のそれとはまったくちがっている。戦いの期間を通じてつねに兵力不足と砲弾不足になやみ悪戦苦闘をかさねたが、それでも概念としては敵と同数もしくはそれ以上であろうとした。海軍の場合は、敵よりも数量と質において凌駕しようとし、げんに凌駕した。(p285,286)
 「秋山がああいってくれてたすかった」
 というのは、のちに軍の幕僚たちがいったところだが、欧州式でいえば騎兵旅団の機能としてそれが当然な着想なのである。ちなみに日本陸軍の首脳は、この時代における騎兵、のちの時代における捜索用戦車や飛行機といったふうな飛躍的機能をもつ要素をつねにつかいこなせないままに陸軍史を終幕させた。日本人の民族的な欠陥につながるものかもしれない。(p311)
 が、日本軍の基本思想は、そのような「陣地推進主義」ではなく、大きな意味での奇襲・強襲が常套の方法であった。拠点をすすめてゆくどころか、拠点すらろくにない。兵士の肉体をすすめてゆくのである。当然、戦術は指揮官と兵士の勇敢さに依存せざるを得ない。ときには戦術なしで、実戦者の勇敢さだけに依存するというやりかたもとる。のちの乃木軍(第三軍)の旅順攻略などはその典型であり、このほとんど体質化した個癖は昭和期になっても濃厚に遺伝し、ついには陸軍そのものの滅亡にいたる。(p315)

司馬さんが太平洋戦争に関する小説が書けなかった理由は、この傾向にあるのかな、とふと思いました。未来から過去を俯瞰するという傾向です。太平洋戦争当時と現在に関して、国の首脳部を比べる、前線の兵の心理を比べる、等々。実体験として兵士であったために小説として仕立てることができなかたのかとも思います(司馬さんに関してはまだまだ知らない部分が多すぎるのであまり踏み込んではかけませんが、知らなかったときの直感として記しておきます)。「この国のかたち」を次に読むときは新しい感覚で読むことができる気がします。

さて、この巻では薩摩的将帥の総括的な記述を読むことができます。

 人物が大きいというのは、いかにも東洋的な表現だが、明治もおわったあるとき、ある外務大臣の私的な宴席で、明治の人物論が出た。
「人間が大きいという点では、大山厳が最大だろう」
 と誰かがいうと、いやおなじ薩摩人なが西郷従道のほうが、大山の五倍も大きかった、と別のひとが言ったところ、一座のどこからも異論が出なかったという。もっともその席で、西郷隆盛を知っている人がいて、
「その従道でも、兄の隆盛にくらべると月の前の星だった」
 といったから、一座のひとびとは西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。隆盛と従道は前記のとおり兄弟だが、大山はいとこにあたる。この血族は、なにか異様な血をわけあっていたらしい。
 この三人が、どうやら薩摩人の一典型をなしている。将帥の性格というか、そういうものがあるらしい。
 薩摩的将帥というのは、右の三人に共通しているように、おなじ方法を用いる。まず、自分の実務のいっさいをまかせるすぐれた実務家をさがす。それについては、できるだけ自分の感情と利害をおさえて選択する。あとはその実務家のやりいいようにひろい場をつくってやり、なにもかもまかせきってしまう。ただ場をつくる政略だけを担当し、もし実務家が失敗すればさっさと腹を切るという覚悟をきめこむ。かれら三人とおなじ鹿児島城下の加治屋町の出身の東郷平八郎も、そういう薩摩風のやりかたであった。(p50,51)

このとき西郷従道は海軍大臣を務めており、実務家として山本権兵衛を起用することになります。

「なにもかも思うとおりにやってください。あんたがやりにくいようなことがあれば、私が掃除に出かけます」
 と言い、権兵衛の改革が急務で八方から苦情がでたときも、西郷はその一流のやりかたで適宜に政治的処理をやってのけた。(p51)

ちょっと次巻の先読みが進んでいるため、布石的に以下の引用をしておきます。

 戦艦三笠を英国のヴィッカース社に注文したのは明治三十一年であったが、しかしこの時期すでに海軍予算は尽きてしまっており、前渡金を捻出することができず、権兵衛は苦慮した。
 このころ権兵衛は四十七歳で、海軍大臣をつとめている。
 当時、西郷は内務大臣をしていた。
(中略)
 権兵衛は万策つきた。西郷になにか智恵はないものかと訪ねると、西郷は事情をききおわってから、
「それは山本サン、買わねばいけません。だから、予算を流用するのです。むろん、違憲です。しかしもし議会に追及されて許してくれなんだら、ああたと私とふたり二重橋の前まででかけて行って腹を切りましょう。二人が死んで主力艦ができればそれで結構です」(p64,65)

これは日本的官僚主義とは真逆の位置に存在します。

最後に、私がこの巻のさわりだと感じる箇所に関して。それは日本がロシアに対して開戦を決意するに至る経緯に関してです。ページ的には 176~180 となります。日露戦争の開戦を決意するに至る部分の記述を読んだときには、太平洋戦争に至る「ハルノート」を思い出さずにはいられませんでした。そしてそれを思った次のページに、果たしてこのことが記述されていました。ここには 20 世紀に至るまで続く人種差別的要素に関する言及も含まれています。ある種、今まで読んできた司馬小説とは趣を異にしている箇所だと感じます。

毎巻思いますが、この小説は大変おもしろいです。NHK は 2008 年にスペシャル大河として放送するために現在製作を行っているとのことですが、どんな作品にしあがるのか。大変興味深いです。


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2006年02月20日

坂の上の雲(2)

1 巻と同様、軍人である秋山兄弟のパートに正岡子規のパートが差し込まれるような形で章が構成されています。軍事面の章を読み進んでいると、肩透かしをくらうように正岡子規の章に切り替わります。それまで読んでいたのは帝国主義時代の軍事的な内容なだけに、昂ぶっていた気分をいい意味で弛緩させられます。帝国主義という殺伐とした時代を描くにあたって、その時代の日本の俳句・短歌というものを織り交ぜる手法は、しかし著者が新聞記者であったという事実や正岡子規自身も新聞「日本」に籍をおく身であったということに一つの意味はあるのでしょう。

司馬さんの小説では情報を扱う必要があるために、もう一つの主流(悪い言い方をすれば傍流)が常に存在します。「竜馬がゆく」では竜馬の情報源や小回りとしての寝待ちの藤兵衛、「翔ぶが如く」では評論新聞の海老原穆などがそれにあたると思います。狂言回しと言ってもいいかもしれません。以上 2 つは傍流といってもいいかもしれませんが、「坂の上の雲」においてはやはり秋山兄弟を主流になぞらえて読んでしまっており、正岡子規はもう一つの主流だなぁ、と感じています。しかし情報を回す立場としては存在を無視することができません。

そんな子規はあまり健康体ではなく、セリフ自体もやわらかいため、逆に凄みのある雰囲気を醸し出しています。伊予弁もそれに一役買っていることでしょう。

「人間は友をえらばんといけんぞな。日本には羯南翁がいて、その下には羯南翁に似たひとがたくさんいる。正しくて学問のできた人が多いのじゃが、こういうひとびとをまわりも持つのと、持たんのとでは、一生がちごうてくるぞな。安くても辛抱おし、七十円や八十円くれるからというてそこらへゆくのはおよし。あそばずに本をお読みや。本を読むのにさほど金は要らんものぞな」 (p25~26)

この子規は秋山兄弟の弟、秋山真之と幼少の頃からの付き合いで、真之が海軍兵学校に入るまでは同じ学校に在籍していました。考え方的にも近いと思う部分があり、例えば

「和歌の腐敗というのは」
 と、子規はいう。
「要するに趣向の変化がなかったからである。なぜ趣向の変化がなかったかといえば、純粋な大和言葉ばかり用いたがるから用語が限られてくる。そのせいである。そのくせ、馬、梅、蝶、菊、文といった本来シナからきた漢語を平気でつかっている。それを責めると、これは使いはじめて千年以上になるから大和言葉同然だという。ともかく、日本人が、日本の固有語だけをつかっていたら、日本国はなりたたぬということを歌よみは知らぬ」
「つまりは、運用じゃ。英国の軍艦を買い、ドイツの大砲を買おうとも、その運用が日本人の手でおこなわれ、その運用によって勝てば、その勝利はぜんぶ日本人のものじゃ。ちかごろそのようにおもっている。固陋はいけんぞな」
 と、子規は、熱っぽくいった。 (p319)
 真之は、滞米中からおもいつづけてきたことを、子規に話した。
「どうせ、あしの思うことは海軍のことじゃが。それとおもいあわせながらいま升サンの書きものをよんでいて、きもにこたえるものがあった。升サンは、俳句と短歌というものの既成概念をひっくりかえそうとしている。あしも、それを考えている」
「海軍をひっくり」
「いや、概念をじゃな。たとえば軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがらがいっぱいくっついて船足がうんとおちる。人間もおなじで、経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけかいがらが頭につく。智恵だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ」
(なにを言いだすのか)
 と、子規は見当がつかぬままに、うれしそうに聴いている。
「人間だけではない。国も古びる、海軍も古びる。かきがらだらけになる。日本の海軍は列強の海軍にくらべると、お話にもならぬほどに若いが、それでも建設されて三十年であり、その間、近代戦を一度経験し、その大経験のおかげで智恵もついたが、しかしかきがらもついた」
(後略) (p324~)

真之の話はこの後も続きます。とても興味深い内容ですので、是非本書を読んでいただきたいです。

さて、この秋山真之がどういった思考を行う人物であったかは、以下の文が適切に示しています。

 まず真之の特徴は、その発想法にあるらしい。その発想法は、物事の要点はなにかということを考える。
 要点の発見法は、過去のあらゆる型を見たり聞いたり調べたることであった。かれの海軍兵学校時代、その期末試験はすべてこの方法で通過したことはすでにのべた。教えられた多くの事項をひとわたり調べ、ついでその重要度の順序を考え、さらにそれに出題教官の出題癖を加味し、あまり重要でないか、もしくは不必要な事項は大胆にきりすてた。精力と時間を要点にそそいだ。
(中略)
「人間の頭に上下などはない。要点をつかむという能力と、不要不急のものはきりすてるという大胆さだけが問題だ」
 と言い、それをさらに説明して、
「従って物事ができる、できぬというのは頭でなく、性格だ」
 ともいった。
 真之の要点把握術は、永年の鍛錬が必要らしい。(p230~231)

以前、「捨てる技術」[1][2]ということに関して書いたことがありますが、それに通じるものがあります。なかなか大胆に切り捨てるというのは難しいんですよね。こういった真之的な思考は、「キャプテン」や「プレイボール」、そして「スラムダンク」など、スポーツマンガではよく見られる光景です。

子規と真之の会話の続きにはアメリカの海軍の話が持ち出されます。真之はアメリカに派遣されていたこともあり、その流れでカリフォルニア州における排日感情に関する記述がありました。(p283)
実質的には 1 ページ程度の記述ですが、ここで以前見た「ヒマラヤ杉に降る雪」を思い出しました。もうだいぶ前に見たため、今調べてみるとこれは第二次世界大戦後の話ですね。全然繋がっていませんでした。しかもカリフォルニア州でなくワシントン州ですし。私の場合はこのように、記憶を大胆に切り捨てるということがなかなかできません。まぁ「ヒマラヤ杉に降る雪」に関しては子役時代の鈴木杏ちゃんが出演しているという繋がりがあるので忘れることはできないのですが:-)

「坂の上の雲」は思っていた上を数段超える面白さで、何故「翔ぶが如く」を読み終わった後すぐ読みはじめなかったのか、と今更ながらに悔やんでしまっています。続きが非常に楽しみです。


投稿者 napier : 22:19 | トラックバック


2006年02月04日

坂の上の雲(1)

意外に、というのも失礼な話なのですが、「竜馬がゆく」や「翔ぶが如く」のように私が知っている有名人が出ているという先入観が無かった分期待もしていなかったのですがとても興味深く読むことができました。本編を読む前の基礎知識は裏表紙にある以下の紹介だけでした。

明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。この時期を生きた四国松山出身の三人の男達──日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を遺した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長篇小説全八巻

この中で唯一聴いたことのある人物は正岡子規で、しかし思い出すのは国文学の人、程度のものです。あとは国語の教科書に載っていた写真が髪は無くて横顔だったよなぁ、くらいのものです。

1 巻で興味深い文章に以下があります。

 真之は、くびをかしげた。ものごとの追求力は、子規は常人よりすぐれている。
「しかし、考えを結晶させる力が乏しいようだな」
 と、真之はいった。真之にいわせると、「考え」というものは液体か気体で、要するにとりとめがない。その液体か気体に論理という強力な触媒をあたえて固体にし、しかも結晶化する力が、思想家、哲学者といわれる者の力である。その力がなければ、その方面にはすすめない。(p187)

これはうまい例えだな、と感心しました。多分、これは日常生活における全てにつうじることだと思います。その道を突き詰めていき、仕事にしている人も多いでしょう。勿論、この結晶化の過程が重要であり、一度結晶化してしまったものはそこで停滞をおこします。その停滞もまた問題であり、そのことに関してはここで触れています。

また、いつもの司馬節も健在です。

 極端な言い方をすれば、メッケルが日露戦争までの日本陸軍の骨格をつくりあげたといえるかもしれない。メッケル自身、後年それをひそかに自負していたようであり、日露戦争の開戦をきくや、ベルリンから日本の参謀総長あて、
「万歳──。日本人メッケルより」
 と、打電した。ちなみに明治時代がおわり、日露戦争の担当者がつぎつぎに死んだあと、日本陸軍がそれまであれほど感謝していたメッケルの名を口にしなくなったのは戦勝の果実を継いだ──たとえば一代成金の息子のような──者がたれでももつ驕慢と狭量と、身のほどを知らぬ無智というものであったろう。(p229-230)

これは第二次世界大戦を生きた司馬さんの感想であると思われますが、高度経済成長とその後のバブル崩壊後の日本、金融問題・年金問題、フリーター・ニートに代表される若年世代の労働問題など、現在の日本においても遠からぬ警鐘に聞こえます。

とまぁこういった箇所に注目すると暗めになってしまいますが、本編は緩やかに物語が流れていっています。秋山兄弟はともに尉官にあり、兄好古はフランスにて騎兵の研究、弟真之はイギリスで建造された軍艦吉野を日本に回航する任にあたっています。正岡子規はというと、この時期は健康体ではなく度々喀血を起こし、東京から松山に帰国することになります。しかし描写がおもしろいのか正岡子規という人物が実際にそうだったのか、まったく病人ぶるそぶりが見えません。医師に「安静に」といわれると体を動かさずにはいられないような感じです。

物語はこういったなか、2 巻へ続いていきます。


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2006年01月27日

古本という価値

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「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」と司馬遼太郎本を読んできましたが、いい加減新品はいい値段がするため古本屋に寄ってみました。もちろん続きである「坂の上の雲」が目当てです。

丁度全巻揃っていたため購入しました。全 8 巻で 1500 円です。新品だと 4720 円ですので 1/3 以下の価格で購入できたことになります。こうやって比較してみると新品購入はありえなく思えますね。日本の本は高すぎです(翻訳される技術本などは特に・・・)。図書館を利用する手もありますが、貸し出し中の待ち時間を考えると古本の選択肢がまず頭に浮かびます。

古本を利用するときの楽しみの一つに、前のオーナーの読み跡があります。本にクセをつけたり書き込みをしたりです。自分が一度読んだだけでは気づかずに読み飛ばしていたであろうことでも、そのクセがあったために心に残ることがあります。

この「坂の上の雲」には面白い書き込み(プリントアウトしたものの貼り付け)がありましたので、全文引用してみます。

読書の習慣をつける

皆様ご存知の通り、社長は大変な読書家です。ビジネス書だけでなく古典から始まりあらゆるジャンルを網羅しています。その中のエキスを『日報つれづれ』で全社員に発信しているわけです。社長は、業績の向上だけでなく全員が知識を深め見識を持った人間として成長していただきたいと願っています。そのための一番の近道は、読書に勝るものはありません。先人の智恵が凝縮されたそれに触れる習慣をつけ、人間力を磨き魅力ある人間として生涯を過ごしていくことが、本来の大人としての義務だと考えます。
今後、責任者会議毎に推薦図書の要約をお渡しします。第一回目として、司馬遼太郎著『坂の上の雲』(1)(2)を選択いたしました。楽しんでお読み下さい。

『坂の上の雲』(1)(2)

本書は、司馬遼太郎が 40 才代をおおむね費やし、書上げた。資料集めでは、神田の古書店外でトラックを満載にするほどであったっという。この物語は、明治維新から日露戦争までの新興国家日本を、歌人正岡子規と、軍人秋山好古・真之兄弟を中心に描いたものである。この 3 人は伊予松山に生まれた。松山班は徳川方であり薩摩・長州・土佐の勤皇派とは維新後の生活が大きく異なってくる。没落士族には金がない。世にでるには学問が必要。好古は学費がただの学校、師範学校へ入学する。その後、東京へ行き士官学校へ入学し騎兵を志願した。真之は 10 才年下で子規と同学年。真之は年少のころから文学的才能があり絵にも長けていた。後、兄好古を頼りに上京し一般大学へ入り文学者を志すもその後海軍兵学校へ進む。正岡子規も同時に上京し、明治 22 年、常磐会宿舎に入る。旧松山藩の寮で現在では日立グループ所有の料亭になっている。(文京区)。この年喀血した。子規の名は、このときからである。ほととぎすは子規ともかく。

日清戦争は、欧米の帝国主義を真似た日本の侵略戦争という見方が一般的だが、司馬遼太郎は別の見方をしている。ロシアの極東侵略は日本の江戸時代中期からしばしば見られるように(ウラジオストックはもともと清国の領土で、極東を侵略するという意味がある。)イギリスとロシアにおける覇権争いの結果であった。その頃子規は根岸にいる。日清戦争終結間際、子規も記者として従軍した。すぐ帰国したが病が重くなり入院。一時快方に向かい東京に帰る。その途中に詠んだ句が有名な『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』である。

秋山真之は、アメリカへ留学する。戦略と戦術の勉強の為であった。ちょうど北西戦争がおき、観戦武官として従軍した。軍港に隠れるスペイン艦隊をアメリカは閉鎖作戦で閉じ込めた。後、旅順港で行った作戦と同一である。

この文章を書いた人は私の文章の書き方と非常に似ており、数字は半角で書く、半角数字と全角文字の間には半角スペースを入れる、カッコには半角カッコ () を使う、などの共通点があります。これだけでちょっとした好感を持ちます。

さてプロファイリングの真似事のようなことをしてみると、この人が言っている『日報つれづれ』というものは発信している、というあたりで blog 的なものかなと想像できます(日本で web が流行りだした頃の名残で「発信」という単語を使っているものと思います)。メールなら配信とかになるでしょう。全社員に、というあたりでこれがローカルなネットワーク上にあることがわかります。企業的に言うイントラネットです。

この文章の書き手と実際に本に貼り付けた人は別人で、責任者会議に出席している人でしょう。本自体に「~社蔵書」のようなスタンプがないことから、個人所有の本であることがわかります。会社の規模は 100 人前後の社員で(その他アルバイトはいるかもしれない)、責任者会議は 10 人前後であると想像します。『日報つれづれ』を書き、それを読む社員数が見込まれること、責任者会議においては要約をわたすだけの人数が見込まれることから想像する人数です。 2,3 人の責任者会議でこれだけのことをするとは思えず、そうなると組織的にも社員数は見込まれ、逆に社員数が多すぎる場合こういった個別的な動きは行われず、社内の福利厚生課などが組織として実施すると想像できるからです。


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2005年12月29日

暗号技術入門

ISBN4-7973-2297-7_ango.jpg暗号技術入門-秘密の国のアリス (ISBN:4797322977)
最近気になっていた暗号に関して勉強してみようと思い買ってみました。
暗号に関して興味を持ったキッカケはコリジョンンに関するニュースです。

SHA-0、MD5、 MD4にコリジョン発見、reduced SHA-1も (2004年08月18日)
http://slashdot.jp/security/article.pl?sid=04/08/18/0257220

フルバージョンのSHA-1にコリジョン発見 (2005年02月16日)
http://slashdot.jp/security/article.pl?sid=05/02/16/0725239

MD4/MD5 コリジョンの実証コードが公開 (2005年11月18日)
http://slashdot.jp/security/article.pl?sid=05/11/18/0125251

この本はまだ読み始めたばかりですが、非常に読みやすい文章で暗号に関する入門書としては最適だと思います。買うときには、暗号技術大全とどちらにしようか迷っていたのですが、暗号に関しては全くの素人だったのでこちらの本にしました。

ポイントやサンプルコードなど、まとめていけたらなと思います。


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2005年12月24日

田原坂

時代劇スペシャル 田原坂 を見ました。1987 年の作品なので、もう 18 年前のものです。1987 年が 18 年前ということに気づいて、ちょっと愕然とします。

この「田原坂」は「翔ぶが如く」が明治維新後の政府を描いている視点とはちょっと異なり、西郷隆盛自身が主人公の作品となっています(西郷さんは西郷吉之助と書かないと雰囲気がでませんね)。ですので時間的には幕末~西南戦争終結・大久保の暗殺までとなります。前半は西郷が島流しにあった部分が描かれており、これはとても新鮮でした。奄美大島で妻をめとったことやそこでの暮らしなど、今までに私が知らなかった西郷像が生き生きと描かれており、この映像作品では前半が非常に印象に残ります。

奄美大島での妻の名は愛加那です。この役は多岐川裕美さんが演じられていますが、とても美しく描かれています。今ちょっと調べてみましたが昭和 26 年生まれだそうで、また衝撃的でした。当時は 36 才です。愛加那について調べてみるとこのページを見つけました(奄美大島の歴史 ~西郷隆盛と奄美)。奄美大島に行きたくなりますねー。「青い鳥」のときもそうでしたが、こういった映像作品を見ると非常にその土地に行ってみたくなります。とくに南は好きです。

中盤は、いわゆる征韓論(遣韓大使派遣)に敗れてから下野、西南戦争にいたる部分が描かれます。廟堂の映像で印象的なのは三条実美です。役者さんの名前は・・・ググってもちょっと出てきませんが、これがはまりすぎです。きっとこんな感じだったんだろうな、と「翔ぶが如く」を読んでいたときに想像していたそのままを映像化された気分でした。

後半の西南戦争に関しては、桐野利秋はあまり前面にはあらわれず、淡々と時間だけがたっていった印象を受けます。ここにはあまり力が入れられてはいないようです。武器弾薬の差や輜重に関してもほとんど描かれていなかったと思います。最後にこの戦役での死者は~、と簡単にまとめられてしまっていました。これにつられて山形有朋や川路利良もあまり表立ってはあらわれません。

「翔ぶが如く」と決定的に違っていたのは大山綱良の描かれ方です。丹波哲郎がその役を演じていたためかとも思いますが、完全に西郷党の番頭的な描かれ方となっています。また、ちょっと違和感があったのが大久保利通です。「その案件は御廟議にはかけられますまい」といった、明治政権初期の舵取りを表に裏に執行していった裏の部分が全く映像にはあらわれてはいませんでした。岩倉具視との関係に関しても言及する部分は無かったと思います。

小説とは異なり、こういった映像作品では美しい映像が見どころになると思います。やはり奄美大島ですね。海と空の青や砂浜とのコントラスト。南国の花々の鮮やかな赤や対比としての森の緑などは非常に印象に残ります。さて、大河ドラマ版も見たいのですが近所のレンタルショップでは発見できませんでした。こんなときは本当にオンデマンドサービスがあればいいなと思いますね。最近では「ニュースサイト+この記事でブログを書く」的なものがありますが、映像のオンデマンドでも同様なサービスって出てこないかな。


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2005年12月12日

翔ぶが如く 雑記

「翔ぶが如く」を読み終えて 1 週間ほどたちました。この間、ふと考えていたことは桐野という男についてと目的と手段ということについてです。

桐野という男を思うと、他の一般の人(この一般の定義も難しくはありますが)に比べて、目的と手段が入れ替わっているという印象を受けます。桐野の目的は「如何に死すか」であり、これは薩摩隼人の美徳に照らし合わせた場合に「戦場にあって、爽快に」になります。この目的を遂げるための手段として西南戦争にあたったと見るべきでしょう(それ以前に、彼の人生をとおしての行動は常にその目的に則しているといえると思います)。これは以前にも引用した

失敗したところで西郷と薩摩一万余の士族と自分が死ぬだけのことである。戦場における死はむしろ薩人が激しくそれを美とするところだから、失敗してそれに至ったところで桐野に責められるべきところはすこしもない。
にあらわれています。

これとは逆に「如何にして太政官を転覆せしめるか」を目的とする野村忍介にとってみれば、西南戦争は手段でした。手段であるために戦さには勝たねばならず、そのためには戦略を用いようとします。

戦場にあっても爽やかさを旨とし、戦略などは用いずに正面からことにあたる桐野的戦術は、それ自身が薩摩的な生き方・戦い方でした。薩摩の老人たちの言う

「丁丑(ていちゅう)(明治十年)の戦さは、よかれ悪しかれ、桐野どんの戦さじゃった」
という評は、まさに正鵠を射ています。その生き方をまっとうするにおいて、目的を曲げられるような「戦略」を持ち出す野村忍介は、確かに疎んじたい気分となる人物だったことでしょう。

「手段のために目的を選ばない人」というと、パトレイバーの内海を思い出します。手段という言葉の意味は往々にして「行動」であるため、その「行動」が目的であるというやや複雑な言葉遊びになりますが、桐野の場合にはまさに西南戦争における「行動」が目的となっていました。

「翔ぶが如く」の最後は

ともかくも西郷らの死体の上に大久保が折りかさなるように斃れたあと、川路もまたあとを追うように死に、薩摩における数百年のなにごとかが終熄した(p.355)
とむすばれています。日本史には詳しくないのですがこの後長州閥が力を持つようです。

さて全巻読み終えたことですし、また時代劇スペシャルの DVD を観てみようと思います。時間 330 分らしいですが、これでもきっと短く感じるんだろうな。あと、大河ドラマ版もあるようですね。総集編で時間 411 分です。


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2005年12月07日

翔ぶが如く(10)

ついに「翔ぶが如く」を読了です。結末は歴史が示すように薩軍の敗北で終わるのですが、最後まで薩軍は、特に桐野利秋に代表される薩摩隼人といえる中心人物たちは大きく行動原理が変わるところはありません。ただ一人、開戦前から異論を唱えていた野村忍介は薩軍の中では異彩です。

 戦略家にはまず基本として時勢眼と社会心理への洞察力があらねばならない。さらには、すきまなく情報を収集し、その価値判断と分析にあたっては、希望や期待を捨てねばならない。開戦前、忍介はみずから大阪まで行って情報を集めた。
 桐野も、桐野に乗せられてしまった西郷以下も、「政府は累卵、あすにも崩れる」という観測のみを基調にして繰りかえし送ってきた評論新聞の海老原穆(えびはらぼく)の情報のみを情報とし、情報収集というものを一度もやったことがなかった。西郷は、桐野らの用意した輿に卒然と乗ってしまたかたちだったが、そのことを、後年、勝海舟はかれは弱殿輩に体を呉れてやったのだ、と解釈した。たしかに出発前の西郷の言動にも似たようなふしがあり、そのとおりであったであろう。しかし卒然と輿に乗ったがために一万余の弱殿輩の屍を戦野に曝してしまうということを、総帥なら行動をおこす前にすこしでも予見すべきであったであろう。西郷は情報あつめや構成についての努力をまったくしなかった。
 そのことをしたのは、元陸軍大尉で当初、小隊長身分にすぎなかった野村忍介ひとりであった。
 かれは最初暴発のときに反対し、発軍した以上は従軍し、各戦局においてしばしば戦略構想を献策したが一つとして容れられず、ついに末期の段階で豊後方面軍(奇兵隊)を編成して単独軍の活動をして豊後で成功を見た。しかし主力の敗退とともに合流せざるをえなかった。(p179)

この野村忍介がどういった気分の中で動いていたかというと、

「では、自分の一隊だけで豊後へ進出する。しかしそうとなれば官軍は三田井・細島より進出して、豊後の自分と薩軍主力を遮断するだろう(現にそのとおりになった)。そうなれば薩軍の損失ではないか」
 という旨のことをいうと、桐野は一笑して、
「たとえそうなっても、かまわんではないか」
 と突き放してしまい、取りあげなかった。(p28)
 しかし皮肉にみれば、桐野は悪度胸を据えてしまっているともいえる。
 かれは若いころから徹頭徹尾格好をつけるという男で、切腑と伊達だけで生きてきた。薩摩風の伊達そのものが本質になっているところがあり、このあたり、西郷がかれを典型的な薩摩隼人としてみてしまったのもむりはなかった。
 桐野には本来責任感などはなかった。この一挙も気腑でもって大博打をやり、いくさも気腑だけで押しまくってきた。失敗すれば、ということは考えなかった。失敗したところで西郷と薩摩一万余の士族と自分が死ぬだけのことである。戦場における死はむしろ薩人が激しくそれを美とするところだから、失敗してそれに至ったところで桐野に責められるべきところはすこしもない。門川における桐野は、いさぎよくそのようにひらき直っていたのであろう。(p113~114)
といったところにあらわれています。

この野村忍介は西南戦争後は刑に服したようです。

 しかし忍介の苦しさは、西郷の才能などよりもその人格への敬慕がやみがたいことであった。かれは要するに西郷からも疎んぜられた。それでもなお、
(桐野のような馬鹿が間を阻んでいるだけだ)
 と思っていたであろうし、また桐野の無能への怒りも、忍介自身の気分のなかでは私憤のつもりではなく、桐野が西郷をぶざまなものにした、という憤りであったであろう。忍介はのち十年の懲役刑に服し、東京の市ヶ谷監獄にあるときに、西郷の命日にはかならず悼み、一周忌には獄中で祭文を草し、追悼の詩歌を詠んだ。忍介は和歌に巧みであった。一周忌の歌は、

  命ならで何を手向けんものもなし
    初は涙の時雨のみして

というものである。(p183~184)

しかしこういった野村忍介も終戦間際には西郷からは冷たくあしらわれることになります。

 西郷が薩摩風の木強者を好み、ときには偏愛し、一方では才略のある利口者を好まなかったということは、この稿でしばしば触れてきた。
 かれは、幕末の革命指導者として郷党出身の幕僚たちを使ってきたが、そういう旧幕僚たちのほとんどは新政府の大小の要人になり、才略者の代表である大久保に仕えた。黒田清隆、西郷従道、大山巌などがその代表的存在であったが、維新後の西郷の独特の厭世感は、ひとつには栄耀を得た才略者どもへの反感と嫌悪の情も一要素をなしているかと思える。
 いま、半年戦い、そして敗れたこの段階で、野村忍介への嫌悪の気持ちが露になったとすれば野村における才略者のにおいが、たまらなくいやになったのであろう。野村にすれば、いい面の皮に相違ない。(p193~194)

司馬遼太郎さんはこういった西郷を、次の様に評しています(正しくは、評することができないようです)。

 増田のいうことは要するに、自分は諸君とはちがい西郷という人間に接してしまったのだ、ああいう人間に接するればどう仕様もない、善も悪もなく西郷と死生をともにする以外にない、ということで、増田の言葉は、西郷という実像をもっとも的確に言い中てているかもしれない。
 西郷の従弟で政府軍側にいる大山巌が、西郷の死後、西郷を語り、巨目さァには諸欲は──権力欲も金銭欲もなかったが、かろうじて挙げるとすれば人望好みがあった、といったことと、わずかに符号するかもしれない。が、多くは符合しない。要するに西郷という人は、後世の者が小説をもってしても評論をもってしても把えがたい箇処があるのは、益田栄太郎のいうこういうあたりのことであろう。西郷は、西郷に会う以外にわかる方法がなく、できれば数日接してみなければその重大な部分がわからない。西郷の幕将たちの西郷に対する気持は、増田栄太郎以上のものであったに相違ない。(p218)

このようなかたちで西南戦争終結までは西郷・桐野らを中心に物語が進み、その後、大久保の死によってこの「翔ぶが如く」は完結します。一番最初に書いた「明治初期の政治のすすめ方」に関しては「書きおえて」が印象に残りました。司馬さんが友人と酒を飲んでいたときの話だそうです。その友人が

「日本の政府は結局太政官ですね。本質は太政官からすこしも変わっていません」
 と、いった。前後が何の話だったか。私はこの友人が二十年も中央官庁につとめている技官であることを忘れていた。何か、物の破壊音を伴ったようなこの言葉を聞いたとき、私はつよい衝撃をうけたが、しかし友人はそれ以上はいわず、話題を他のことに移した。(p356)
私は小さい頃から「世の中は政財官で動いている」ということ父親から言われてきましたが、官というものをこう意識したのははじめてでした。ニュースなどで「官僚の~」といったことは常々聞きますが、それが太政官からきているということに、はっとさせられました。この「書きおえて」だけは今後何度も繰りかえし読んでしまいそうな気がします。小説としての文体よりもこの「書きおえて」の文体の方が自然に自分の中に入ってきます。これも実際には 10 巻という「翔ぶが如く」を読み終えたから感じることができることなのかもしれませんが。

最後に、読んでいたときにふと思ったことを。西南戦争の終盤、西郷は別府晋介によって介錯されますが、その首を政府軍に取られないように

「どこかへ隠せ。敵にわたすな」(p301)
といことを別府は部下に言います。
 胴はそのまま打ち棄てられた。古来の部門の慣習では頭部だけがその人物の人格の象徴で、胴はぬけがらであるということのようだった。薩兵たちが棄てて駈け去った胴だけがむなしく陽の下で脇差を帯び、拳銃をたばさんでいた。この路傍の胴は、あとで政府軍の多くの士卒が目撃した。西郷は出陣の前、私学校の会議で、この体を一同に呉れてやるといったといわれるが、そのとおりになった。(p302)
この記述を読んだときに思い出したのは「もののけ姫」の中でダイダラボッチの頭が切断された光景でした。そのシーンでは頭部だけを桶の中に入れて封印しようとしていたと思います。古来、頭部というものがどれだけ重視されていたかを読み取れる共通点だと思いました。


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2005年11月23日

リアル(5)

real05.jpg

このマンガは井上雄彦さんのライフワークのようになってるんでしょうか。こんなにこころに関して読まされるマンガはありません。掲載されるペースが非常に遅いため、数年を経ているにもかかわらず刊行されている単行本数は 5 巻までで、巻末の予告では 6 巻は 2006 年秋です。

小学生や中学生の頃にはマンガの週刊誌などは毎日読み返し、一週間のうちに何度も何度も繰り返して読んでいましたが、歳を重ねるにつれてマンガなどは一度読んでしまうとなかなか読み返すことがなくなりました。しかしこのリアルは子どもだった頃の一週間のように、一年をおくるマンガになっています。

表紙のキャプチャには久しぶりにスキャナを使いましたが、デジカメで撮るのとは雲泥の差ですねぇ。パラレルポート接続なのでセカンド PC に接続してあるため、なかなか動かすことがないのですが、PC 環境も含めて部屋の模様替えなどをしたいところです。ラック類や机なども一新したい。。


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翔ぶが如く(9)

9 巻は西南戦争の中盤です。8 巻のときも書きましたが、やはり兵の動きに関しては興味が湧きません。本文中、興味深かった文章を引用すると

 奇兵隊、振武隊、正義隊、行進隊、干城隊、雷撃隊、常山隊、鵬翼隊、破竹隊の九つの隊が、かつての大隊の代わりをなす最高単位になった。壮士の剣舞を見るような小むずかしくて意味の熾(さか)んな語が撰ばれたのは、逆にいえば戦闘力という実質がうしなわれつつあるために、名称で景気をつけざるをえなくなったのであろう。
(中略)
 前記九つの大隊の総指揮は、元陸軍少将桐野利秋がとることになった。後年、薩摩の老人たちが、
「丁丑(ていちゅう)(明治十年)の戦さは、よかれ悪しかれ、桐野どんの戦さじゃった」
 といったようなこの事変における一つの本質が、いっそう露になったといえる。
 西郷は、相変わらず指揮をとる気配を見せていない。このため、旧大隊長が幕僚になったところで、そこから作戦がうまれるということは、どうやら見込み薄のようだった。軍は、桐野がほぼ握った。この事情の機微は、最初から暴発へ持ちこんだ桐野利秋の一種の責任とりとも見ていいだろう。(p276-277)
この西南戦争がどのような形で終結を見るのかには興味が湧きます。

また、この巻では宮崎八郎が戦死します。彼は 5 巻において最も華々しく描かれていた人物でした。

 この点、かれは詩的気分としては幕末のの志士たちの正統の後継者であったといえなくはない。かつての志士たちの多くは、自分の人生や生命を一篇の詩として昇華することを望んだが、人民を座標においた最初の革命家である宮崎八郎もそうであった。その望みのように、死が弾雨の中の萩原堤でするどくかれをとらえた。下腹部の毛管銃創は、致命傷であった。(p223-224)

そして日本における戦争の慣習に関しても言及があります。

 諸道の政府軍の進撃を早からしめた理由のひとつは、各地で降伏した薩軍の小部隊が、降伏するとともに政府軍の道案内をつとめ、薩軍の配置などを教えたからであった。べつに政府軍が強制したわけでなく、
「降伏したからには、官軍として働きたい」
 と、かれらが積極的に望んだからであり、その口上はさらに情緒的で「万死を冒して前罪を償いたい」というものであり、一種、奇妙というほかない。
 このことは日本古来の合戦の慣習であったであろう。降伏部隊は鉾を逆にして敵軍の一翼になるというものであり、駒を奪ればその駒を使うという日本将棋のルールに酷似している。ついでながらこの慣習はその後の明治陸軍の弱点として意識されつづけ、日露戦争のときも捕虜になった日本兵は日本軍の配置を簡単にロシア軍に教えた。(中略)この体験が、昭和以後、日本陸軍が、捕虜になることを極度にいやしめる教育をするもとになったといっていい。(p319)
司馬さんは常に第二次世界大戦における日本軍に話を持っていきますね。これも「知ってるつもり?!」の受け売りですが、司馬さんは第二次世界大戦に関する小説は書けなかったそうです。ノモンハン事件に関して資料は集め、いろいろと構想は練っていたという感じで番組は進んだと記憶しています。しかし、どういったことが原因だったかは忘れてしまいましたが「ノモンハンは書けない」という風に番組では説明されていた記憶しています。司馬さんに関する「知ってるつもり?!」の回は久々に観たくなりました。

さて、残すは 10 巻のみとなりましたが、まとめ方を興味深く読むことにします。注目して読もうと思っていた「大久保と西郷の決別」に関しては、既に大体は感じは掴めています。残りは最後、かれらの心情をどのように司馬さんが小説に仕上げたか─。


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2005年11月15日

技術で生きる!

俺が、つくる! に引き続いて、岡野雅行さん本です。この本は岡野さんともう一人、樹研工業社長の松浦元男さんとの対談パートと、この二人それぞれの独筆パートからなる 2 部構成となっています。発行が 2004 年 1 月 1 日ですので、約 2 年前の本になります。

本文中、特によかったのは、

岡野初めから実績なんてあるわけないんだよ。大企業はだいたいそういうパターンだね、実績だとかそういうへったくれで始まるんだ。だから俺は腹が立つから大企業の人間とは会わない。そういうやつらと話していると精神的に疲れるんだよ。技術者同士だったらいいんだけどな。技術者同士だったら腹を割ってね、お互いに話が進むわけよ。技術屋さんなら絶対に嘘つかないからさ。
(p20)
ですね。この辺は本当に実感としてわかります。技術に対して嘘をつくとすぐにパレてしまうからです。技術者は決してそんな下手な嘘はつきませんし、心が許しません。こういった技術者談としてはまたパトレイバーを思い出します。
だがな、どんなに技術が進んでもこれだけは変わらねぇ。機械を作るやつ、整備するやつ、使うやつ。人間の側が間違いを起こさなけりゃ機械も決して悪さぁしねぇもんだ。実山さんよ。今日は二課の整備課長がメーカの工場長に会いに来たわけじゃねぇんだ。お互い女房よりも長く機械と付き合ってきた技術屋同士、腹割ったところで聞かせてもらいてぇんだ。…おたくの HOS、ありゃぁ大丈夫なのか?
榊さんの名ゼリフですね。

その他、印象に残ったのは少子化に対する言及です。

松浦日本人の人口がこれからドンドン減るでしょう。出生率が低下しているから、三〇年後になるといまの一億二〇〇〇万人の総人口が六九〇〇万人ぐらいになるそうですね。国力の低下だとか社会保障制度の限界だとか大騒ぎしていますが、私はまったくラッキーなリストラだと思ってます。マーケットが減るなんて実は小さなことで、それよりも国がスリムになることによるメリットが大きいわけです。
岡野えらい時代になるもんだね。
松浦そうするとどうなるかというと、国自体のリストラになります。いまは景気が悪いからどうにもなりませんが、六〇歳代の連中が働けないわけがありませんから、若い人の世話にならないと生きていけないわけじゃない。その上で、食料の自給の問題にしても、エネルギーの自給の問題にしても、いろんな意味でこの国の自立が達成できると思うんです。いまはとにかく人数が多すぎます。
岡野何もかも半分で済むんだもんな。
(p180-181)
この「とにかく人数が多すぎます」というのがどういった意味なのか私にはまだよくわかりませんが、時間をかけて考えていきたいと思います。パッと思いつくのは
  • 世界の総人口に比べて、更に日本人の割合は減っていく
  • 日本の経済規模は小さくなるだろうが、歳入・歳出において改善が行われるべき
  • エネルギー、食料の自給が可能となるかもしれない
…と、どうもいま一つ、釈然としません。これはもう「自立すること」に慣れていない戦後世代だからこう感じてしまうことなのか、とか、社長という立場になると「自立する」ということに対して積極的な思考になるのかな、とか考えてしまいますね。ちょっと離れた場所から考えたほうがよさそうです。

あと、やはり全編をとおしていろいろと勉強になります。松浦さんの話は実務的な示唆に富んでいて、「ISO vs TQC」の関係(考え方の違い、差異についてなど)や「自己資本比率四五%以上、流動比率二五〇%以上、固定比率一〇〇%以下、支払手形ゼロ」といった経営上の姿勢、「松下幸之助さん、井深大さん、盛田昭夫さん」や「トヨタや日産」の話など、初めて知ったことや考えさせられることがしきりでした。

技術で生きる! ISBN:4828410929


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2005年11月07日

俺が、つくる!

久しぶりに読んでいてワクワクする本でした。口語調の文体で、こぎみよく話が進みます。それでもやはり今だからこそ読まれる本であり、本書でも語られていますがバブル期には異端視扱いされる内容だとは思います。そんな本であるためバブルに踊った企業などには「ザマミロ!」と言ってのけるだけの力があります。

本文中、新しい発見だと思ったのは

特許は大会社と連名で取るのが一番いい。開発者と申請者という立場で特許を取るんだ。
という部分。名より実を取る、というか、零細企業にとっては結果的には名と実をいい割合で取れるのがこの「連名で取る」になることが簡潔に説明されています。この辺は自然世界にもある「共生」のカタチに近いのかもしれません。特許に関しては青色発光ダイオードの例が印象に大きかっただけに、この発想の仕方には新しさを見てしまいました。

そして本文の最後ではマイクロソフトの戦略を見てるような気分になりました。

途中であきらめてしまうから本当の失敗になる。あきらめずに挑戦し続ければ最後にはできる。
これはマイクロソフト的ですね。勝つまで続ける。だから最後には勝つ、という方法。

全編を通して様々な示唆にとんだ「岡野語録」が収録されており、文字数もそんなに多くないのでマンガを読み返す程度の気楽さで読むことができます。気分が沈んでいるときや盛り上げたいときには一読する本になりそうです。特に名前がいい。「俺が、つくる!」ですよっ。

さて、この本とは別に岡野工業の取材をしていたテレビ番組を以前みたことがあったんですが、あれは何の番組だったんだろう?プロジェクト X と検索しても出てこないから、また何か別の番組だったんだろうと思いますが、まったく思い出せません。そのときは「痛くない注射針」の取材ではなくて「リチウムイオン電池ケース」の方だった気がするので随分前になるのかな…。HDD レコーダを持っていた気がするので 2,3 年以内だとは思うのですが。

俺が、つくる! ISBN:4806117609


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2005年11月06日

翔ぶが如く(8)

第八巻をひらいてまず驚いたのが章立ての多さです。「人馬」からはじまり「野の光景」で終わる 15 章の構成です。これを七巻までと比べてみると以下の様になります。便宜上、最終巻である十巻までまとめると

  • 一巻 8 章
  • 二巻 7 章
  • 三巻 10 章
  • 四巻 6 章
  • 五巻 10 章
  • 六巻 9 章
  • 七巻 7 章
  • 八巻 15 章
  • 九巻 11 章
  • 十巻 11 章
のようになります。

1 章である「人馬」には興味深い逸話として、維新前と維新後の西郷の変わりように関する記述がみられます。この変化に関して、鹿児島では病理的な原因があったのではないか、と極めて密かにではあるがささやかれているとのことです。こういった逸話はこの本を読むまでは全く知らなかったことです。遠い記憶を呼び戻して「知ってるつもり!?」での西郷の回を思い出してみても、出てくるのは「敬天愛人」という言葉だけです。が、この「翔ぶが如く」では未だに一度足りとも読んだ記憶がありませんね。いつから言われるようになったのか、それとも司馬遼太郎があえて外しているのか、最後まで読み解かないとこれに関する結論は得られません。

この「人馬」では西郷の変節ぶりが示されるのですが、それはこういった変わりかたです。

 しかし起つ以上は、戦いの方針その他について西郷はみずから案も練り、みずから発言し、進んでかれらを指導すべきであった。が、そのことはいっさいせず、さらに驚くべきことには、西南戦争の全期間を通じて西郷は一度も陣頭に立たず、一度も作戦に口出ししなかったのである。
 維新前の西郷はそうではなかった。西郷が心服しきっていた旧主島津斉彬でさえ、
 ──西郷は 悍馬のようなものだ。かれを統御できるのは、自分しかいない。
 といっていることからみても、西郷は斉彬に対し言うべきことを臆することなく言っていたに違いない。
「維新前の南州翁と維新後の南州翁は別人のような感じがする」
 という印象が、鹿児島に遣っている。
 たしかに、別人の観がある。
 (中略)
 この点、西郷はそのひらきが甚だしすぎるように思える。(p13~14)
この記述における西郷像はこの巻をとおして貫かれており、この巻の流れをも決めています。自然、西郷に関する記述は薄くなり、西南戦争の主役は陣頭に立つ各将及び兵士、そして政府側の責任者である山県有朋などの記述が多数を占めます。

西南戦争における兵の動き、軍隊の動きに関する記述は読んでいてあまり面白くはありません。これは読み手である私が文章からの場面の連想を面白く感じないからだと思います。コンピュータゲームを通して視覚的に兵の動きがリアルタイムで移り変わる様に 10 年以上もの年月で慣れてしまっているため、文章のみをとおした記述が怠惰でなりません。七巻からの巻末には地図が付加されるようになり、七巻では九州全図、八巻では熊本城から高瀬までの周辺地図が掲載されていますが、状況ごとに隊の動きを地図をもって記述してもらいたかったと思います。小林秀雄の「モーツァルト」における楽譜のように。

これとは逆に山県有朋や薩摩側の将の意識における記述には興味を惹かれます。

 山県は、軍人としては物事をこまかく指示しすぎる性格のために野戦将軍にはむかない男だったが、その構想力と緻密な運営能力と、さらには物事に賭博的な期待を持たない性格から考えて、日本ではめずらしく補給の思想と能力をもった男であったかもしれないかった。(p286)
 この時期の陸軍卿山県有朋は、一個の独裁者に似ていた。かれを独裁者たらしめている政治的条件は、長州人であることのほかは希薄なのだが、しかしその信念である徴兵制をかれが立案し、実施し、このために鎮台の実情をかれ以上に知っている者はなく、また他の者は山県ほどの実務の才をもっていなかったため、自然、山県一人が、動員から作戦、補給、さらには東京への政治的措置に至るまで、何もかもやってのけるということになった。後年、かれが陸軍と官僚界に法王的な地歩を占めるにいたる基礎は、このときにできあがった。言いかえれば、西郷のおかげで、この狭隘な理想しか持ち合わせていない卓越した実務家が、明治政府の権力者になりえたといえるであろう。(p288)
狭隘(きょうあい) : (2)心がせまいこと。度量がないこと。また、そのさま。

山県有朋に関しては私は全く知らないのですが、司馬さんのこういった記述をよく見かけます。かなり嫌われている感が読みとれます。
西郷と薩軍の作戦案は、いかなる時代のどのような国の歴史にも例がないほど、外界を自分たちに都合よく解釈する点で幼児のように無邪気で幻想的で、とうてい一人前のおとなの集まりのようではなかった。これとそっくりの思考法をとった集団は、これよりのちの歴史で──それも日本の歴史で──たった一例しかないのである。昭和期に入っての陸軍参謀本部とそれをとりまく新聞、政治家たちがそれであろう。(p81)
 薩軍本営には、継続して全般の作戦を考えている参謀職の者がいなかった。
 薩軍に存在するのは、実戦職である大隊長たちだけで、かれらが臨機に本営にあつまってきては情報を持ち寄り、合議するだけであった。西郷そのひとは本営の奥で象徴として起居しているだけで、作戦に触れることがない。(p252)
 当初、鹿児島を出るときの私学校の政略は西郷軍が東京にせまることによって満天下の不平士族(だけでなく各地の鎮台まで)が風をのぞみ、あらそって軍旅に投じ、ゆくにつれて軍勢は雪だるまのように大きくなり、ついには東京を圧倒するにいたるというものであった。(p260)
こういった意識の中、読んだときには信じられなかったのですが、西郷と桐野は後々には仲たがいのような状況に落ちていくようです。
 西郷はのちに桐野と口をきかなくなり、桐野のほうでも西郷を避けるような気配を示すようになったといわれるが、西郷の側でいえば、その感情はあるいはこのときから出発したものかもしれない。
 むろん、西郷の性格として桐野を責めたりなじったりすることはなかった。この男に乗せられてしまった自分に対する嫌悪が、西郷の桐野に対する感情を重くしたのではないかと思える。(p317)

このような両軍の陣営ですが、各巻のところどころにあらわれる大村益次郎の記述には、明治政府が失ってしまった偉大な人物であったことがひしひしと伺えます。

これは、明治元年、二年の間にすでに西郷が九州で反乱をおこすであろうということを予見した当時の兵部大輔大村益次郎の基本的な考え方であった。(p286)
大村益次郎(村田蔵六)は「お~い!竜馬」を読んだときに知った人物ですが、このマンガではとてもコミカルな絵で描かれており非常に愛着を持ちます。以前書いた斉彬を調べてみたいと思ったのと同様、大村益次郎も詳しく調べてみたい気分にさせられる人物です。

さて、その他興味を惹かれるのは銃器の移り変わりですね。スナイドル銃、ミニエー銃などがよく文中にはあわれます。これは時間があったときにでもまとめてみたいと思います。ちょっと検索した限りでは、

などがヒットしました。やはり web は便利だ…。


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2005年10月16日

翔ぶが如く(7)

第7巻はついには「会戦前夜」といった感があります。一度動き出した気運というものは、ひと一人の力ではどうすることもできないということをまざまざと見せ付けられる気分でした。現実はロジックどおりには動かずに人が動かします。しかしその人を動かすのは、熟慮よりも多分に気分の高揚である場合があります。この会戦前夜もそういった気分の中で情勢が形成されていきました。「覆水盆に帰らず」と言ってしまえば簡単ですが、あるかもしれないと仮定しつつも無いと思っていた現実が実際に起こったとき、薩摩 - 私学校が選択した、せざるを得なかったのが「決起」という道でした。

この決起に至る決定的なトリガは、私学校生徒らによる陸軍火薬局からの武器強奪に端を発します。この報に触れた桐野、篠原らの気分が以下に描かれています。

桐野がぬっと入ってくるなり、篠原国幹にいった言葉を、田中才助は記憶しているのである。
「お前さァが、弾薬を取らしゃったか」
これに対し、篠原が意外そうに、
「いやっ、俺は、お前さァのさせやったかと思うちょった」
たがいに事件はその差金かと思っていたのである。が、そうでないことがわかったとき、田中才助の記憶では、桐野は、
「もうこうなれば仕方がない」
と、長大息した。決起以外にない。決起には名目が要る。「刺客」という風説をもつ帰郷組をとらえて泥を吐かせ、それをもって政府の非を鳴らす、ということであったか。要するにすべてを動かしているのは、この異常な気分であった。(p253-p254)

また西郷は私学校本局における大評定(寄合)において、最終的には

自分は、何もいうことはない。一同がその気であればそれでよいのである。自分はこの体を差しあげますから、あとはよいようにして下され。(p282)
ということをいいます。

大久保利通と西郷隆盛という両雄が、どこでボタンを掛け違えてしまったか。結果的に衝突しなければならなくなる二人ですが、

西郷と大久保とは、政敵として袂をわかったとはいえ、年少のころから同志の契りをむすび、水火をともにくぐってきて、互いに気心も志操も知り抜いていると双方が思い、かつ双方の人格に付いての尊敬心を、どちらも失っていない。(p255)
とまで形容される二人です。

ふと思い出したことに「銀河英雄伝説」のロイエンタールの反乱があります。細かな情景としては異なりますが「自分の意志とは別の力によって揺り動かされる人生」という観点において類似性を見出してしまいます。「銀河英雄伝説」を読んだのはもう 10 年程前だと思うので詳細は忘れてしまっていますが、また読んでみたい気分になりました。


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2005年09月26日

翔ぶが如く(6)

この第六巻は、西南戦争という事態へと箍(たが)が外れるまでの微妙な力の移り変わりに関して記述されています。時間的には「明治八年六月・地方官議会」~「明治九年十月・神風連の乱」です。

この巻では興味深く読めた個所はあまりありませんでした。比べていうなら前巻が「大久保利通」と「宮崎八郎」を中心にして描かれたのに対し、この巻は人びとではなく事象に力点がおかれて描かれいるといえます。唯一あげるとするならば前原一誠となるのですが、その人に関しては作者も人物とは見ておらず、好意的には描かれていません。

さてではこまごまと知ったことを何点か。松下村塾は吉田松陰の塾だと思っていたのですが、実は叔父である玉木文之進の塾だったそうです。それを松陰が一時期借りてやっていたのだそうです。トリビアでした。あとは・・・と、これ以外をあげようとパラパラとめくって読み返してみましたがありませんね。。

この巻は表面下でくすぶっていた力が、あるキッカケで噴出するまでの胎動から勃発という力の移り変わりを記述していますが、そのくすぶりの意思があまり私にはピンと来ないという感じです。射るまでに十分に力が蓄えられた弓にも例えることができず、かといって無作為な暴発でもありません。我慢して我慢して我慢して我慢しきれなくなった悲壮さ(その割には宗教的なのですが)があり、しかし参加者全員がその信念に死するというわけでもなく、ある種、集団ヒステリーの状態であったような印象を文面から受けてしまいました。気分として池田屋事件直前に志士たちが発していたであろう高揚感は感じません。端的にあらわしている文を引用すると、

「私どもが、まず死にましょう。あなたたちはあとに続いてくれるか」(p283)
になると思います。「何をするか」においては「まず死ぬ」というのが目的となっています。


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2005年09月13日

翔ぶが如く(5)

ついに折り返し地点の5巻です。4巻の続きで「台湾派兵」~「明治八年・東京(原題とかぶりますが)」までです。5巻は2部構成と捉えてもいいですね。前半が台湾派兵における大久保利通の外交、後半が宮崎八郎という壮士(とでもいいましょうか)についてです。この巻では西郷は現れることはありません。

前半は実務家としての大久保利通の姿が対清外交をとおして色濃く描かれています。また、大久保の政治的姿勢をあらわしている文に以下があります。

大久保は自分をして渡清大使たらしめよという運動を、三条、岩倉に対しておこなっていたが、かんじんの陸軍に対しては超然としている。陸軍省の長州系軍人が、陸軍卿山県有朋以下、大いに反対していたが、大久保はほとんど黙殺にちかい態度をとっていた。
文官の優位がこれほど確立していた時期はなく、大久保は軍人などがいかに反対しても最終的には廟議の命ずるままに軍人は動くものと確信していた。(p50)
これは、かつての長州藩の政治形態も同様で
木戸は
「軍の代表者は政治の場に入れてはいけない」
という、政治優位の持論をもち、軍はあくまでも政治の命ずるがままに進退すべきだとしていた。この思想はかれが指導した幕末の長州藩の政治形態そのものであり、当時の長州藩にあっては、参議にあたる政務役の会議が最高機関で、奇兵隊や諸隊はそれに対してはるかに下位に立ち、政治の命ずるがままに手足になってうごくということになっていた。
 木戸はつねに、武権を持つものが政治に参加すれば全体がかならず武権の意思に引きずられる、と言い、このことはことあるごとに主張してきた。(p35)
にあらわれています。このことは同じ幕末を生きてきた大久保と木戸という二人の政治家の共通姿勢となっていますが、大久保はプロシア的宰相専制主義者、木戸はフランス的民権主義者といえ、数少ない共通項なのかもしれません。

後半の宮崎八郎はこの前半とは対を成し、志願兵として台湾にあります。この頃の宮崎八郎の活動は忙しく

八郎が明治七年、東京を風のように去ったのは、江藤新平の佐賀ノ乱に合流するためであった。熊本で同志を集めているうちに佐賀は鎮圧されてしまい、機会をうしなった。そのうち政府が台湾へ兵を出すというので志願兵として従軍し、帰国して植木学校を創め、それも同志にまかせきりにして上京した。
(中略)
 おれの頭と魂に、ここ二年のあいだ、ヨーロッパの百年が一時に入ってきた。火であぶるようにおれの魂を焦がしつづけている。台湾出兵に加わったときはおれは英国の帝国主義を欲した、帰国して自由と権利を知り、英国のミルに想いを傾けた、やがてルソーの存在を知り、さらにこのたび上京して中江篤介(兆民)を知るにおよんで、ルソーの徒になった(後略)(p355-356)
にあらわれています。

ちょうど読み終わる頃に漠然と思ったことに「九州男児」という言葉があります。これは主に薩摩男児を表している言葉だと思いました。当時の薩摩では少年の頃から「ギ(議)を言うな」という教育を激しく受けるようです。また同時に「お先師に従え」という教育を受けます。日常においては勇武と廉潔と爽快という精神を理想として教育を受け、弱いものいじめや卑怯を最も忌み嫌います。

同じ九州ながら肥後では総体的に思想を好むだけでなく、小さな違いを譲らずにそのことを囂々(ごうごう)と論ずることを好み、それによって党派を立てて相屹立する土地柄だったようです。これによって幕末においては藩論が固まらず、薩長に遅れをとることになります。

同じ九州ですが「九州男児」ときいて思うのは、明らかに薩摩の気風のほうです。


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2005年09月02日

DEATH NOTE Vol.8

8巻が出ていました。Jump は読んでいないので単行本派なのですが、L 亡き後のニア、メロ編の続きです。(以下、ネタバレ)

7 巻の後半から始まっていますが、これはなんかもうよくないですね。ライトが全然冴えていません。ライトはキラであり警視庁代表、ニアは FBI 代表、メロはギャング代表とでもいうべきそれぞれの立場なのですが、ライト、ニアはメロに翻弄されまくりです。

世に天才といわれる人が登場するマンガは多数あると思いますが、私が思い出すそれは、一番に「BANANA FISH」です。L はアッシュとちょっとは比べてもいいかなと思いましたが、ライトはダメですね。。。力が強すぎるためにセーブさせられている感じです。この辺はバランスのとり方が難しいですね。

さて、こうやってよくマンガや小説などを題材にリンク先を探すのですが、大抵出版社の方にはないんですよね。。これって契約上、仕方ないようになっているんでしょうか?販売サイトばかりが検索にかかります。出版社の方で情報を蓄積してくれると(リンクや紹介の際に)非常に助かるのですが、これって通販サイトとか Wiki 系にまかせるしかないんでしょうかね。この辺をビジネスにするといいかもとかって思ってしまいました。でも一番近いところにいるのは Wiki よりも Google なのかな(なんとなしに)。


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2005年08月30日

翔ぶが如く(4)

「半島を出よ」に割り込まれていたために頓挫していた「翔ぶが如く」の続きを読み始めました。4巻は「佐賀ノ乱」~「台湾派兵(とでも言うんでしょうか)」まで描かれています。両方とも馴染みが薄く、歴史の授業では聞いたことがなかったものだと思います。といっても日本史は選択したことが無かったので、小中の歴史で習ったかもしれませんが全く記憶に無いですね…。

この4巻はあまり記憶に残る部分が無かったのですが、メモ程度に残していた部分を何点か。…と思って読み返していたらありました。この巻では「島津斉彬」に関してとても惹かれたんですよ。調べてみようと思っていたのを思い出し、いつもの如くWiki先生に訊いてみると…期待していたものとは違った情報が得られました!「スローダンス」で先々週?くらいに重要なアイテムになっていた「薩摩切子」です。

薩摩切子(さつまきりこ)は、薩摩藩が幕末から明治初頭にかけて生産した、ガラス・ガラス細工。薩摩ガラス。

江戸の職人を招くなどして、島津斉興によって始められ、島津斉彬が集成館事業として拡大。

島津斉彬死後の事業縮小や薩英戦争での被害を受けるほどして、途絶えた。 その為、現存するものは少なく、骨董として高価で取引される。

現在販売されているものは、1985年(昭和60)年代前後に復元されたもの。

江戸切子との違い・特徴は、厚い色被せの層とカットグラス技法(切子)による、ぼかし。この厚い色被せの層のために、カット工程においてガラスを通してグラインダーを目視確認できず、目視せずともカットできる高度な技能を要する。

知らないところでいろいろと繋がっているものですねぇ(Wikiに感謝)。こうゆうときはいつも「ぼく地球」の「同調連鎖」という言葉を思い出してしまいます。最近では「Stand Alone Complex」と言った方がいいかもしれませんが、ちょっと冷たい感じがするのでこれは微妙にしておきます。

「島津斉彬」に関しては専門のサイトをいろいろと回ってみようと思います。

あとはところどころに出てくる、後の昭和軍閥の体質となる「統帥権」に関する記述です。

ただし、各県の士族からみれば、大久保利通といえども、
--かれもまた一人の鹿児島県士族にすぎないではないか。
という胎があった。大久保はそれをよく知っていた。このため、しきりに天朝という存在を、大久保はもちだした。佐賀の反徒は天朝に刃向かう者であり、政府軍は天朝の忠勇なる兵であるという気分を作りだす以外に、大久保の統帥が可能ではない。この大久保の統帥のやり方を後年、山県有朋が継承し、やがてその統帥の政治哲学が病的なものになって昭和軍閥にひきつがれる。P74
ただ明治憲法において奇妙な一項が入った。天皇が陸海軍を統帥するというもので、これによって成立した統帥権が、昭和史を暗澹たるものにするのだが、西郷従道の場合、統帥権をいう言葉はなかったにせよ、その発動ということにおいては酷似している。P300
この種の奇術的な軍隊使用のやりかたは、のちに体質的なものとして日本国家にあらわれる。明治期の二十年代以後では立憲国家の運営に比較的忠実だったが、昭和期に入って遺伝的症状が露骨にあらわれた。陸軍参謀本部は統帥権という奇妙なものを常時「勅命」として保有し、軍隊使用は内閣と相談せずにできるよいう妄断をもってたとえば満州事変をおこし、日華事変をおこし、かたわらノモンハン事変をおこしてそのつど内閣に事後承認させ、ついには太平洋戦争をおこす道をひらいて国家を敗亡させた。大久保と西郷従道、それに大隈重信の三人が、三人きりで合作したこの官製倭寇は、それらの先例をひらいたものであろう。P320~P321

気にとめていただけでもこれだけ繰り返されています。きっとこれ以外にも言及があることでしょう。そしてこの巻以降でもあらわれてくることでしょう。日本人はこの手の「錦の御旗」のような権威に屈しやすいように感じます。そこにどうにもならない「権威」があり、従わざるを得ないような気分になる精神構造があるのかもしれません。「出る杭は打たれる」や「長いものには巻かれろ」といった諺に、平素ではそれと知られないように日本人気質を生むべき源流が流れているのかもしれません。

といって、日本人に歴史上の人物で誰が好きかという質問に対しては「織田信長」や「羽柴秀吉」、「坂本竜馬」といった答えが返ってくるのは面白い傾向だと思います。これは平均的日本人からは乖離している特異な日本人であったと言わざるを得ないでしょうし、こういった人たちに対する憧れがある(即ち自分とはまったく違う)ということを暗に示しているものだと思います。

最後に西郷に関して。

西郷が庄内藩士に語った言葉に、
「才芸のある人間を長官にすえたりすればかならず国家をくつがえす」
というのがある。このことも、右の古傷から出たかれの政治哲学に相違ない。
右の言葉は、西郷がわかいころ、水戸の藤田東湖からきいた、という。西郷が記憶している東湖のことばは、
--小人ほど才芸があって便利なものである。これは用いなければならない。しかしながら長官に据え、重職を授けると必ず邦家を覆す。であるから決して上に立ててはいけないものである。
ということである。西郷は、この藤田東湖のことばも好きだったであろう。
この西郷の座談は、その前に小人論がついてくる。
「人材を採用するのに、君子と小人の区別をきびしくしすぎるとかえって害をひきおこす。そのわけは、世上一般に十人のうち七、八人は小人だからである。であるからよく小人の情を察し、その長所を取り、これを小職につけ、その技芸をつくさしめねばならぬ」P139~P140


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2005年08月11日

半島を出よ(5)

この小説を読み始めるにあたって、先入観として存在していたのはニュースステーションで紹介されていた、程度のことでした。細かな内容は忘れましたが、それは福岡ドームが北朝鮮の兵士によって占拠されるという内容だったと思います。実際に上巻を読み始め、まず違和感を覚えたのがプロローグ2での「半島を出よ」という作戦の目的です。これに関しては、読み終わった今となっては実際“どうでもよかった”といった程度の感想しかありません。これはキッカケでしかなく、重要なのはこの小説で描かれている日本についてだと思ったからです。

外圧という言葉がありますが、日本は結局、外圧がなければ変化しづらいのかもしれません。福岡ドームが北朝鮮に占拠されようが、中国に占拠されようが、ロシアに占拠されようが、アメリカに占拠されようが、今の日本は結局は同じなんだろうな、と思ったわけです。これはいわゆる「文化の逆輸入」といった現象にも現れていると思います。元々日本のサブカルであったものが海外で評価され、それを受けて国内でもやっと再評価を受けるような。世界が日本ひとつであった場合には緩やかな死を待つだけだったものが。

うすうすとは感じていたことですが、「半島を出よ」に近いメッセージ性を持った作品としては「ぼくらの7日間戦争」「バトルロワイアル」があげられると思います。全くカンタンにまとめてしまうと、クソッたれな大人に対して…、的なものです。そういった意味では戦争やテロや独立といった作品を引き合いに出すのではなく、「ライ麦畑でつかまえて」などを作品の引き合いに出すべきでした。これは実際、最後まで読み終わったために感じることができた感想ではありますが。こういった作品を書いた村上龍が「13歳のハローワーク」を書いていることは最早必然だったと思われます。

私が高校生の頃に小論文を教えてくれた現国の先生がいました。何回か添削をして貰っていろいろと意見を訊いていたことがありますが、今でも覚えているのは「act することが大切だ」というフレーズです。それ以外のことはほとんど覚えていません。前回 引用したヒノのセリフにしてもそうですし、Jobs のスピーチにしてもそうです。

"Stay hungry, stay foolish." -- Steven Paul Jobs

自分の感想がまとまったとは言い切れませんが、そろそろ人の感想を見に web をまわってみることにします。自分の感想をある程度留めておかないと影響されちゃいますのでっ。


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2005年08月10日

半島を出よ(4)

下巻を読み終わりました。最終章で「愛と幻想のファシズム」のあるシーンで感じた、懐かしい感覚がよみがえりました(そのときの衝撃ほどではありませんが)。それは、スズハラやアイダたちが会議を行っている一室。会議も終盤に差し掛かり、メイド(といっても高齢の女性だったと思いますが)が会議室の空気を入れ替えるためにカーテンと窓を開けるシーンです。その詳細は忘れてしまっていますがそのシーンだけは記憶から離れていません。

下巻で印象に残ったシーンを、少し冗長ですが何点か。

NHK本局は、なぜ福岡の人びとの今の気持ちを確かめようとするのだろうか。十二万人の後続部隊がついにこっちに向かったのだ。すべての市民が不安と恐怖を感じているに決まっている。それなのに、不安で胸がいっぱいです、という町の声を紹介したがるのはなぜだろう。黒田は、高麗遠征軍が来るまでテレビにそういう違和感を持ったことはなかった。サヨナラホームランを打った選手に今の気持ちを聞かせてくださいとマイクを向けるアナウンサーがいても、気にならなかった。サヨナラホームランを打ったのだからうれしいに決まっているのにどうしてそんな質問をするのだろう、と考えたこともなかった。大多数の視聴者は、ニュースで事実を知りたいとは思っていない。単に安心したいのだ。不安で夜も眠れません、震える声で福岡市民がそう訴えるのを見て、かわいそうだよねと言いながら、安心感を得たいのだ。そしてテレビはその期待に応えようとする。だがヨシダは、こちらは普段と変わったところがありませんと言って期待を裏切った。街の人びとへのインタビューもなかった。(p187)※1
だが、そういう夢はどこか歪んでいるような気がした。やはりここは破壊されるべきだと、必ず最後にはそう思った。正面の半円形のガラスの壁にカフェ・ラグナグというネオンが下がっている。架空の南国の島の名前で、楽園を象徴しているらしい。ここは熱帯を模倣し、その気分を味わう空間だ。熱帯をなぞっているのだ。シノハラのビバリウムはここよりはるかに小さいが、熱帯を再現しようとしていて、なぞろうとはしていない。シノハラのビバリウムはヤドクガエルの生育環境を最優先に作られているが、ここは違う。福岡に来る前に出会った連中はみんな何かをなぞっていた。暖かな家庭とか善良な人間とか幸福な人生とかそれぞれにモデルがあって、みんなそれを模倣し、なぞっているだけだった。(p319)※2
こういうことなんだな。切取線を描き終え電動ハンドカッターのスイッチを入れて、ブレードを化粧板に近づけながら、ヒノはそう呟いた。自分を含めて、イシハラのところに身を寄せた連中は、大人の指示に従わず、頭がおかしいと大人たちに言われ続け、決して許されない犯罪を犯そうとしたり、実際に犯した者ばかりだ。更正しろと言われ続けてきたが、更正という言葉の意味さえ誰も知らない。
 教師や施設の職員やその他の大人たちはヒノに、人の命は何よりも尊いのだとクソのような言いぐさを呪文のように繰り返すだけだった。イラクやアフガニスタンやシリアの内乱では毎日大勢の人が死んでいて、スーダンやエチオピアの紛争では数十万人の子どもが餓死したそうだ。だが教師や施設の職員やその他の大人たちにとって、そういった現実は命の尊さとは無関係らしい。自分たちの周りにある命だけが尊いのだ。そういった腐った大人たちから正しく生きろと言われても子どもは何のことかわからない。もちろん素直に従う子どももいる。だがそいつらは大人が正しいのだと自分で判断して従うわけではない。大人に従えば利益があって、従うのを拒否すると罰が与えられるのを知っていて、それから逃れているだけだ。大事なのは、今のヒノやタケグチみたいに、やらなければならない何かを見つけることだ。何もすることがなければ、腐ったものを見続け、腐った大人たちの言うことを聞きつづけることになり、そしていつの日か大人に従い指示通りに生きたところで何の興奮もなく、楽しくもなかったということに気づき、ネットで仲間を募集して自殺するか、ホームレスになるか、あるいはあきらめて大人の奴隷になってこき使われて、それで一生を終わることになる。(p374-375)※3
リアルな現実というのは面倒くさくやっかいなものだ。戦後日本はアメリカの庇護に頼ることによってそういった現実と向かい合うことを避けてきた。そういう国はひたすら現実をなぞり、社会や文化が洗練されていくが、やがてダイナミズムを失って衰退に向かう。(中略)あいつらが福岡と九州に居座れば、東京もリアルな現実と向き合わざるを得なくなっただろう。(p479-480)※4

※1 青空文庫より、

――人間の心には互に矛盾(むじゅん)した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥(おとしい)れて見たいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからにほかならない。

※2 天空の城ラピュタより

今は、ラピュタが何故滅びたのかあたしよくわかる。ゴンドワの谷の詩にあるもの。土に根をおろし、風と共に行きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を唄おう。どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土からはなれては生きられないのよ。

※3 PLANet blog.より スティーブ・ジョブスのスピーチ

アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

※4 劇場版パトレイバー2より

後藤:荒川さん、あんたの話、面白かったよ。欺瞞に満ちた平和と、真実としての戦争。だがあんたの言うとおり、この街の平和がニセモノだとするなら、やつが作り出した戦争もまた、ニセモノに過ぎない。この街はね、リアルな戦争には狭すぎる。
荒川:ふっふっふ。戦争はいつだって非現実的なもんさ。戦争が現実的であったことなど、ただの一度もありゃしないよ。
柘植:ここからだと、あの街が蜃気楼のようにみえる。そう思わないかね。
南雲:たとえ幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人びとがいる。それともあなたにはその人たちも幻に見えるの。
柘植:3年前、この街に戻ってから俺もその幻の中で生きてきた。そしてそれが幻であることを知らせようとしたが、結局最初の砲声が轟くまで誰も気づきはしなかった。いや、もしかしたら今も…。
南雲:今こうしてあなたの前に立っている私は、幻ではないわ。

長すぎますね。。自分でもちゃんとまとまりません。


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2005年08月03日

半島を出よ(3)

上巻を読み終わりました。結構引き込まれますね。中盤から加速度がついていき、勢いで上巻を読み終わってしまったという感じです。

興味深く読んでいたのですが、まず気になった点。記者会見において横川と言う新聞記者が高麗遠征軍に対して質問するのですが(上巻p267)、

横川が、政治的危険分子と重犯罪人の逮捕ということですが、その法的な根拠はどこにあるんですか、と質問した。
「つまりですね。どの国の法律が適用されるのかということですが」
チェ・スリョン中尉とハン・スンジン司令官が顔を見合わせている。横川という記者は油断できないと気づいたようだ。
って、これ普通、誰でも気になることを質問しただけのような気が…。また、ここでも 最初に書いた 「目的が適当すぎ…。」に絡むのですが、この福岡統治の原案は(北朝鮮の指導部ではなく)この高麗遠征軍の将校が考えています。これは(上巻p256)、
ハン・スンジン司令官は、人間性によってわたしたちは必ず共存しうるのです、と短く演説を締めて、パク・ミョンを呼び、共存統治基本計画書を配るように命じた。パク・ミョンが徹夜で取り組み、この会見の四十分前に書き上げた基本計画書だった。
でわかります。本来ならこういった計画書は事前に用意しておくべきものです。徹夜とか四時間前とか、ここでは一夜漬け的な雰囲気が前面に出ています。

と、ここまで上巻を確認しながらつらつらとまとめていたのですが、これってよく考えると明治初期に日本で起こった征韓論争の北朝鮮版ですね。明治初期は維新を成し遂げた薩摩藩士達がまだまだ血気盛んであり、しかし政府は士農工商の身分制度を廃止して維新の立役者であった武士達をお役御免としてしまいました。これに憤った武士たちの死地(武士の本懐は如何にして死すか、というような意味です)を西郷は見出そうとして、結果的に朝鮮半島への出兵へと繋がるであろう、遣韓大使の役を得ようとします。「半島を出よ」では、保守的な強硬派の将軍に指揮されていて、将来の統一の妨げになるであろう軍の部隊を厄介払いするようにこの作戦に宛てています。

これが本当に狙いであるならば、「目的が適当すぎ…。」という私の感想は浅慮だったのかもしれません。北朝鮮にとってみればお荷物の厄介払いができて、大体の方針は決めておくが詳細な方法はそのお荷物に考えさせて、現地に着いたら本国からの補給は全くないため現地でうまく調達させて、等等。

どっちもどっちということで「ウィンダリア-童話めいた戦史」を思い出しました。主題とかそういうのではなくて、国家間の状況に関してです。これは15年以上前ですね、読んだのは。すっかり忘れてますが、いいリンクが見つからないので記憶で書くと。大国だけどグダグダの国家(A)と、小国だけど血気盛んな国家(B)がありました。戦争になるのですが、(A)は数に物を言わせるが腐敗しきっていて士気はあがらずグダグダ、(B)は士気はあるのだが如何せん数では勝負にならない、といった内容だったと思います(明らかにジャンルが違うので「半島を出よ」とは繋がりませんね…)。

発散してしまったので備忘録として何点か。ストックホルム症候群に関する言及があります(p352)(「ジョビジョバ大ピンチ」や「スペーストラベラーズ」もこのネタ)。しかし、裏を返せばブロークンウィンドウズ理論で見れなくなくもないかもしれません。日本人であるのに占領軍に対して見方をする、便宜を図る、等々。状況に応じて罪悪感の価値が変わっていきます。また、上巻最終章の「大濠公園にて」の描写ですが、秀逸です。ここを読むスピードはマッハでした。


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2005年08月02日

半島を出よ(2)

福岡ドームは高麗遠征軍に占拠され、福岡は高麗遠征軍と共に日本から独立すると言う発表を記者会見で行います。この発表は政府を動揺させ、厳密にはまだ動揺のみを起こさせている部分までしか読んでいません。敵性判断をするとも友好判断をするともなく会議は空転(というか停滞)しています。

占拠・独立ネタとしてはなつかしの「沈黙の艦隊」が思い出されます。これは海自のある部隊(だったかな?)が日米合同で作った最新鋭原潜を占拠し「独立国家やまと」として日本から独立を宣言する部分から話が展開します(もう10年以上前に読んだ記憶だけですので詳細は間違ってるかもしれません。そういえば当時、深夜放送で「独立国家やまと」に関する討論番組をやってましたね。枡添要一さんが出ていた記憶だけあります)。

「半島を出よ」と「沈黙の艦隊」を比べた場合、心情的には「沈黙の艦隊」の方が痛快ではあります。これは日本の国土が占拠されたわけではないという、そのもの心情的な理由です。現実的な問題として考えた場合、単に構成員が全て日本人であるという理由で「独立国家やまと」の方が「高麗遠征軍によって独立した福岡」より平和的であるかと言うことは議論はできません。「独立国家やまと」は原子力潜水艦であり、核武装をしているかもしれないという懸念材料があります。また、こういった独立行為を日本人が行ってしまったという当事者としての問題意識もあります。

日本人によるクーデターと言う意味では「亡国のイージス」も同様な話でありそうです。久々に 梅田さん とこを見たら 面白いエントリー がありました。ここで紹介されていた michikaifuさん の、このエントリー です。ちょっと引用すると、

ストーリーの中で今でも一つだけ納得のいかない部分がある。私は原作の小説も読んでいるが、その原作からも引きずっている弱み、それは、テロリストと組んで反乱を起こす副艦長(小説では艦長)とその腹心の部下の「動機」である。副艦長には、「息子を日本政府に殺された」という恨みもあり、「この国は、オレたちともども、一度滅びるほうがいいんだ」といったセリフを吐き、特に小説では細かく心情の説明もあるのだが、どう説明されても、祖国を裏切り、これほどの大犯罪を起こし、自分の半生を捧げてきた信条と組織を踏みにじり、信頼してきた同僚さえもそのために殺戮するという行為の動機として、十分大きいとは私にはどうしても思えないのだ。
この文を読んだときに思い出したのが「劇場版パトレイバー2」でした。

「劇場版パトレイバー2」では独立と言ったような行為は行われません。状況としては、劇中に後藤隊長が榊さんに対して言っている部分を引用します。

そりゃまあ、不平や不満はあるでしょうけど、今この国で反乱をおこさなきゃならん理由が、たとえ一部であれ、自衛隊の中であると思いますか?しかもこれだけの行動を起こしておきながら、中枢の占拠も政治的要求もなし。そんなクーデターがあるもんですか。政治的要求がでないのは、そんなものがもともと存在しないからだ。情報を中断し混乱させる。それが手段ではなく目的だったんですよ。これはクーデターを偽装したテロに過ぎない。それもある種の思想を実現するための、確信犯の犯行だ。戦争状況を作り出すこと。いや、首都を舞台に戦争という時間を演出すること。犯人の狙いはこの一点にある。犯人を探し出して逮捕する以外に、この状況を終わらせる方法はない。
主人公達が警察であるため、こういった展開になっています。

2005年08月01日

半島を出よ

友達から借りてしまいました。ので、「翔ぶが如く」は小休止です。

村上龍作品はもう何年読んでないんでしょうか。学生時代に「愛と幻想のファシズム」を読んで以来、デビュー作から時間を辿って読んでいたことがありました。多分、エッセイ集を最後に読まなくなったのだと思います。それからは PC に傾倒しましたね。

まだプロローグ2だけを読み終わった段階ですが、このプロローグ2の最後。目的が適当すぎ…。これってどうなんでしょうか。読み終わった後には感心していたいものです。


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2005年07月25日

翔ぶが如く(3)

3巻を読み終わりました。西郷は征韓論に敗れ(西郷自身は「征韓論」とは言わず、遣韓大使として朝鮮に遣わせて欲しい、ということを首尾言っていますが歴史的にはこれを「征韓論」として捉えてしまっているようです)、大久保が言う「いつもの癖(何もかも嫌になって投げ出してしまう癖)」から参議を辞し、薩摩に帰ります。桐野利秋らは西郷の辞職を知るや、自らも官職を辞し西郷を追って薩摩へと戻ります。主軸としてはこれに関して描かれ、傍流として間断なく川路利良のポリス観が現れます。

この川路利良に関する記述で現れるのが、フランスにおいて近代的警察制度を作り上げたジョセフ・フーシェへの傾倒に関してです。この3巻において面白い記述があったので引用してみます。

川路はフーシェをフランス革命の志士と見、さらにはナポレオンの内治行政のよき協力者としてみている。たしかにナポレオン政権が維持されるためには、強力な政治警察が必要であった。フーシェはナポレオンの警察大臣になり、反政府主義者の動態を綿密にしらべ、ついには他の官僚の私行のいっさいをしらべあげ、昨夜、誰がどの侯爵夫人と寝室を共にしたかということまで知っていた。政治家のたれもがフーシェによって弱みを握られているためにフーシェをやっつけることができず、また反政府主義者のすべてがフーシェの目からのがれることはできないという密偵網をもっていたために、ナポレオンはこの便利な男を使ってゆくしか仕方がなかった。フーシェにとってかれの魔術的な政治警察はその保身のためにもなったが、しかしかれがこの組織を創造し、この組織を秘密の情婦を愛するように磨きぬいたのは、修道僧あがりのかれの陰湿な性格と無縁でなく、保身をつきぬけて悦楽であった気配さえある。

この一文を読んだときに思ったのが、FBI 初代長官のジョン・エドガー・フーバーのことでした。


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2005年07月17日

勝海舟墓

勝海舟の墓参りに行って来ました。

勝海舟の墓は洗足池公園の中にあり、現在は大田区文化財となっています。勝海舟の墓と言いましたが、ここには正妻であるたみの墓も並んでいます。この連墓にもいわくがあり、たみは生前青山墓地に長男と一緒に埋葬されることを望んでいたそうです。くわしい話は諸所で見ていただくとして、ここでは言及しません。

また隣には勝海舟が西郷隆盛の死を悼んで立てた西郷隆盛留魂碑もあります。現在読んでいる「翔ぶが如く」は第3巻の始まり。まだ明治6年。時代は征韓論に関する廟議が行われています。

現地の写真をとってきましたが、なにぶん梅雨中の日本。曇天での撮影です。ほんと、日本のこの白い空には気分が晴れませんね。

この洗足公園と勝海舟夫妻の墓、西郷隆盛留魂碑と見てきましたが、非常に感心したことの一つに掃除が行き届いていることがあげられます。こういったところに現地のかたがたの心配りが現れているような気分になりました。

話は跳んで洗足池駅の隣にあうラーメン屋さんで昼食をとったんですが、普通のラーメンが一杯500円。豚骨ベースのラーメンで非常においしかったです。500円でこの味は久しぶりでした。近所にあったら通ってると思います(笑)






















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2005年07月09日

翔ぶが如く(2)

読み進めてますが、まだ2巻の最初の方です。

状況としては明治4年(6年かな?)、西郷が遣韓大使として訪韓する意思にあり、三条実美は天皇からの勅許を得、岩倉具視らの海外視察団の帰国を待ち「熟考」してから事にあたる意思にある(これは他者からの入れ知恵らしい)場面です。記述は海外遊学者に関して続き、山県有朋をして「明治の実務者」的な雰囲気を匂わせています。

特に山県有朋に関する記述が占め、「人民のための国家」(国民政府:パリコミューンなどを模す国民国家)と「天皇を中心とする国家」(専制国家:ロシア帝政を模す専制君主国家)に関して海外視察団の視点をもって描かれています。山県有朋に至っては国民国家に対する恐れを匂わせ、専制君主国家足らねばならぬ、と考えていると説きます。

私は日本史をこういった海外史とあわせて考えたことがないのですが(日本史はとってませんでした)、明治政府ができた前後は、ヨーロッパではナポレオン3世やロペスピエール、鉄人宰相ビスマルクら活躍した時代、北米においてはイギリスに対する独立戦争がおこり、西郷などはワシントンを敬愛している、との記述が目立ちます。


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2005年07月03日

翔ぶが如く

「竜馬がゆく」に続き「翔ぶが如く」を読んでいます。
第一巻を半分くらい読みましたが、読む前の感想から。

  • 明治初期の政治のすすめ方
  • 大久保と西郷の決別

このアタリを主眼として読んでいこうと思っています。


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2005年06月20日

司馬遼太郎の小説のかたち

やっとのことで読み終わりました。実際、読み終わったのは土曜日(6/18)で、その後すぐに竜馬がゆくの ビデオ と勝海舟の ビデオ を借りて見ました(これは失敗でしたが…)。

読んでいるうちから感じていたことに「思ったことはその場で記録しておいた方がよい」というものがあります。丁度最初、「竜馬がゆく」に関して ここ に書いたのは、司馬さんの小説に感じた違和感についてでした。最低限これを書いていることで救われています。というのは私はもう既に小説司馬節が苦も無く読めるようになってしまっています。こうゆう小説のかたちもあるんだな、とカテゴライズが終了してしまっているのです。

日本には自分の経験を題材にして小説を書く「私小説」というかたちがありますが、司馬さんの場合には小説は小説として存在するものの、その中に取材にいったときの自分やその土地の話、触れ合った人々の話が注釈・補足というかたちで本文中にあらわれます。これは普通、一般には巻末のあとがき等でまとめられるべきもので本文中にはあらわれるものではありません。しかし司馬遼太郎の小説にはそれが惜しげもなくちりばめられてるのです。

司馬さんの小説(長編の方です)は歴史をおって読み進めていこうと思っているので、次は「翔ぶが如く」、そして「坂の上の雲」ですね。「翔ぶが如く」では今回感じた、読んでいる途中で感じたことなどはそのまま記録していこうと思います。

さて、ビデオの方はというと、これだけの長編を数時間の作品にまとめるという方が度台、難しいのでしょうね。「勝海舟」の方はまだ見れましたがやはり原作を読んでしまうとビデオの方はきついんかな、、、と思います。いずれ勝海舟に関する小説も読んでみたいと思います。


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2005年06月12日

竜馬がゆく

「お~い!竜馬」からの流れで「竜馬がゆく」を読んでいます。

司馬遼太郎さんは、以前「この国のかたち」を読んで以来です。と言ってもたいして読み続けもせず、文庫で2冊くらいしか読んでいません。あまり「文春文庫」というのが肌に合わない部分があり、ひとつに文字がでかい。そして、司馬さんの文体を読みなれていない、というのもありました。

司馬さんを読もうと思ったきっかけは「知ってるつもり!?」で紹介されていたときですから、もう6年前(いや、まだ6年か…)です。

今回「竜馬がゆく」を読んでいても当時感じた「司馬遼太郎の文体」に対するかわらぬ違和感を感じます(まぁ文はそこで変わらないわけですし、自分も変わってないということでしょうか)。この本は小説なのですが、今までに読んできた小説の体から外れていると感じます。突然、注釈や作者の横話が入ってきます。これは氏自身が元新聞記者だったという経験から来るものなのでしょうか。そんなわけで違和感を感じながらも「竜馬がゆく」の世界を堪能しています。

しかしおかしなもので、巻も3つを数える頃にはこの文体に慣れてきたせいか、この司馬節を非常に心地よく感じています。ひとつ難を言えば、ひらがなが多いこと。意図的になのか、こうひらがなをちりばめる理由がわかりません。1998年に新装版となったようですが、原書で読んでみたいと思っています。


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2005年06月11日

明日の王様

「タイガー&ドラゴン」の流れで気にかけるマンガがあります。それが「明日の王様」です。
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5,6巻が2冊ずつあるのはご愛嬌だと思ってください。買ってないと思って重複してしまう単行本は本当に減りません。。。。

連載当時「Young You」を買っていましたが、それはかつての「パソ通」時代の OFF 会で「Papa told me」を教えてもらってからの縁でした。これに関してはまた別の機会に。で、「明日の王様」ですが、スジとしては脚本の才能のあるヒロインを中心とした物語です。当時(1997~2001)は俄かに脚本家が脚光を浴びた時代であり、その筆頭はこの blog でも目の離せない「宮藤官九郎」と言えますでしょうか、今に至っての結果論ですが。

当の私も彼の出世作である「池袋ウエストゲートパーク」をリアルタイムで見たわけでもなく、「宮藤官九郎」という脚本家を名前で意識したのは「木更津キャッツアイ」からです。ここに至って思い返したのが、脚本家がヒロインである「明日の王様」でした。

このマンガには「数馬倫」という脚本家兼役者というキャラクターがいますが、「宮藤官九郎」を知ってからはこのキャラクターのモチーフはクドカンだろうなと思っていました。・・・残念ながら今 google で検索したら「数馬倫」「宮藤官九郎」では全くヒットしませんね(笑)。しかも「数馬倫」では3件だけです。イヤハヤ(笑)。この「明日の王様」はドラマ化してもいい感じになるだろうなーっと思ってるだけにこの結果は残念ですね。

この手のマンガ原作でドラマ化したといって思い出すのは「天才ファミリーカンパニー」、「農家の嫁になりたい」等、「二ノ宮知子」マンガです。二ノ宮マンガに関してはまたの機会にっ。


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2005年05月31日

お~い!竜馬

コンビニで立ち読みをしてしまい、誘惑に勝てずに買ってしまいました。書店で大人買い。最近は古本屋でももうなかなか揃ってないようですね。近所の数軒に電話してみましたがあっても一冊程度。オークションサイトも見てみましたが「今読みたい!」という要求には勝てないものです。買ったのは手に入りやすい文庫版です。
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最初に読んだのは連載中だったんでもう何年振りでしょうか。こうやって久しぶりに読むマンガは最初に読んだときとはまた違った趣があります。もちろん自分が変わっているという点において感じ方・感想が変わるという意味です。作品自体は一切変わってないわけですから。こういった感覚は風の谷のナウシカを読み直したときにも感じたなぁ…。

人間の記憶は揮発性メモリみたいなもので、リフレッシュしていなけれ薄れていってしまうようです。ですから一度読んだものでも再度読むことができます。読み直してみるとよく覚えている部分やまったく覚えていない部分が顕著にわかり、これはその当時どの部分に力点をおいて読んでいたかが思い出され非常に楽しい経験であるかと思います。

さて、今後読み返すとしたらなんだろうな。実家の部屋の整理をしたい…。もう何年してないんだか。


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